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グレン 1

「それで、ケガをした猫があの少年だとわかったのは何故だ?」

「わかりません。最初はただの勘でした。間違っていても、結局はただの猫だとしても、助かるのならばいいと思って連れてきました。でも、瞳が……」

「瞳が?普通の猫とは違っていた?」

「いえ、そうじゃなくて、私の顔を見たときに、しまったなあ、という瞳をしたので、そうじゃないかと」


 サイガスト公爵家の屋敷内へ戻り、応接室でグレンがレティシアの話の聞き取りを始めた。まず、彼が話せる範囲でとの前置きをしてレティシアに教えてくれたのは少年が受けた仕打ち。


 あれからグレンがベルキュン伯爵家の使用人に手伝いを頼み、少年の身柄を確保したところで、アントーニオの友人の一人がナイフで少年に切りかかったそうだ。

 顔と、特に背中は深く傷がついたはずだという。

 いくら貴族の子息とはいえ、パーティーでのその常軌を逸した行動に、グレンたちが抑えにかかったところで、いつの間にか少年が消えていたということらしい。


「その時に猫へ変化したんじゃないでしょうか?多分、魔陣牒を使って」

「おそらくな。けど、猫か。道理で今までも簡単には捕まらない訳だ」

「あの、動物に変わることの出来る魔陣牒なんて聞いたことがないんですけれど……」


 以前聞いた話によると、グレンは第三執務室で魔陣牒の管理をしているとのことだった。だとしたら、大抵のものは知っているだろう。恐る恐る尋ねると、そんなものは有るわけがないとの答えが返ってきた。


「しかし、あいつがあそこで売っていた魔陣牒も、存在してはいけないものだった。だから、誰かが構築したのは確かだ」

「あの子が魔法使いっていう可能性は?」

「いや、それは違う。確かに魔力持ちにしてもかなり大きなものを持っているようだが……そもそも魔法使いなら自分に魔陣牒は使う必要はない」

「あ、そうか!魔法の方が強いんだっけ。魔法使いなら治癒魔法だって自分にかければいい訳だし」


 そこまで言って、レティシアは何か小さな違和感を覚えたが、その正体が今ひとつピンとこない。


「とにかく、ヤツには二度と近づくな。あいつの罪状は、疑似魔陣牒の不法売買の中でも最悪の部類だ」


 グレンは、少年が何の魔陣牒を売っていたかは敢えて口にはしなかった。けれどもレティシアにはその見当はついている。


 心を操ることの出来る魔陣牒――チャーム


 少年を刺したというアントーニオの友人も、きっと操られていたのだろう。

 おそらくアントーニオにもその兆候が見られたに違いない、そうでなくてはこんなにも早くバーネットとの婚約が取りやめになる訳がないのだ。


「わかったな」


 そう念を押すグレンの瞳には、少年を逃がしてしまったレティシアへの怒りは見えず、ただ彼女のことを心配する色しかない。


「あの……トールダイス様、怒っては、いないのですか?その、私があの子を逃がしてしまったことについて」


 少年の更生の為に捕まえた方がいいと言っていたのにも関わらず、逃がしてしまったのだから、グレンから叱責を受けるのだと身構えていたのだが、どうも様子が違うようだ。

 不思議に思い尋ねると、彼はレティシアの目をじっと見ながら「いや」と答えた。


「もしレティシア嬢に拾ってもらわなかったら、あいつも助からなかったかもしれない。俺の不手際で危険にさらしたものを助けてもらっていて、礼こそいえども怒る立場にはないだろう」

「そんな、お礼なんて……」

「必ずする」


 グレンは最後にそう一言告げると、急ぎ屋敷を出て行った。

 あの少年の捜索をするのだろうか、それともバーネットの方から詰めていくのか、どちらにしろ大事になりそうな気がする。


 レティシアは、昨日の疲れ切った彼の顔を思い出し、あまり根を詰めすぎなければいいのだけれどと心配をした。


***


 後日、グレンからレティシアへ先日の礼だと送られてきたものは、街で人気の菓子屋の焼き菓子セットの大きな箱ともう一つ、薄紫色の巾着型のサシェ。


 添えられた小さなメモによると、通信用の魔陣牒が入っているから、何かあったら呼ぶようにとだけ書いてあった。

 中々に筆不精っぷりを露見する書き方だったが、何故かそのぶっきらぼうな文字が嬉しくて、折り畳みそのサシェの袋の中に一緒にしまっておく。


 焼き菓子のいくつかは自分やロヴ、そしてブランためにとっておき、残りは使用人仲間へと分けてしまった。どうせ一人で食べきれる量ではないのだから、美味しいうちに皆で食べてしまった方がいいだろうと考えたのだ。特に女性陣からは好評を博したようだった。


 そうして忙しいはずのグレンが、何故かサイガスト公爵家に何日か置きに顔を出すようなり、その話を聞くと毎回手土産に沢山の焼き菓子を持ってきてくれるようになった。

 公爵家の侍女の多くがメイド服のサイズアップかダイエットを考えるようになったのはまた別の話。


「なんだか、グレンにしては乙女チックよねえー」

「お嬢様、なんですかその言い方は」


 ミラベルのお茶の時間、給仕をしていると開口一番そう言われた。


「魔陣牒を入れて、っていうのが色気はないけど、この綺麗なサシェは及第点かな」

「何が及第点ですか、もう。ほら、返してくださいな」


 グレンからもらったサシェを、もう一度見せて欲しいというので胸ポケットから出して見せると、妙に上から目線で批評をしだす。

 サイガスト公爵の言いつけで、最近社交を控えているせいか、あまりに暇すぎてやることがなくなると、すぐにこうやって人をからかい出すのだ。呆れ顔でレティシアがミラベルの手からサシェを奪い返した。

 そうしてメイド服のエプロンに作りつけた胸のポケットへとしまい直すと、ふわりシトラスの香りが漂う。

 レティシアにとって、華やか過ぎずにいて、すうっと体に染みわたっていくこの香りがとても好ましく思う。


「今夜は久しぶりのパーティーでしょう。早く用意をしないと間に合いませんよ」

「そうだったわ。今日はピンクのドレスにしましょう。レティシアはグリーンのドレスにしてね」


 話題を逸らしたはずが、もっと不得意な話題になってしまい、レティシアはため息をつかずにはいられない。

 だが、こればかりは仕方がないと、項垂れつつも支度をし始めた。


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