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動揺 2

「ああ、ある。拘束力の強さも魔力の強さに関係するから、どこまで出来るかとは言えないが」

「実は今日、チャーム?って言うのを、話しているところを聞いたんだけど、もしかしたら……そんな魔法?」

「そうだな。人を魅了という点では操ると同義か。あれは特に異性に効く、熱病みたいなもんだ」


 ロヴはそう言うと眉間に皺を寄せた。


 ベルギュン伯爵家の婚約パーティーでの異常なテンションの若者たちや、アントーニオの姿を思い出す。あれはまさしく熱病にうなされていたと言われても納得してしまう。


 そして蛇のように獲物を狙う目をしていたバーネット、さらにはあの疑似魔陣牒を売り歩くという少年の会話、全てが一つの可能性を表しているようにしか思えない。 


「だったら、そのチャームの魔陣牒もあるのかしら?」

「本来ならば、それはない。今現在、国ごとで対応の違いはあるが、魔陣牒の種類も数も基本管理されている。人心操作の魔陣牒なんてのがあったなら、国ごとヤバい」

「そう、だけど……」

「……だが、全くありえないという訳でもない」

「どういうこと?」


 疑問をそのまま口にすると、ロヴの口元が、ぐっと何かをかみしめたように動いた。視線を下に落とした後、ゆっくりと漏れ出す言葉がとても冷たく響く。


「魔法使いが新たに構築したら、話は別だ」


 レティシアはようやく合点がいった。

 少年は自分の売ったという魔陣牒に大変自信を持っていた。もしかしてあの少年が魔法使いで、魔陣牒を作ったのだろうか。

 それとも彼の近いところにそれなりの力がある者がいて、姿を変えて逃げられる様な魔陣牒を与えたのかもしれない。


 じっと一点を見つめレティシアがそんなふうに考えを深めていると、その彼女に対し何か言い淀むような顔つきをしながら見ていたロヴが、ぽろりと言葉をこぼした。


「怖いか?」

「えっ!?」

「そんな、心を簡単に操れるような魔法使いが。……魔王の俺が怖いか?」


 その言葉にレティシアは唖然とした。まさか、そんなことは一度も考えたことはない。

 それは、はじめの頃は確かに恐ろしいと思った。彼女にしてみれば魔法使いなど物語の中の登場人物で、魔王ロヴなどさらにその上をいく伝説だ。


 けれどもこうやってその人柄に触れれば触れるほど、ロヴがそんなお話の中の魔王とは違うということがわかってきた。


 レティシアが失敗をすると笑いながらからかいもする意地悪なところはあるし、そうかと思えばただの契約者のはずなのに熱を出せば心配して看病してくれたこともある。

 夜食に好きな肉料理を出せば嬉々として食べるくせに、嫌いな野菜を出すと、口をとがらせる。

 嫌なら魔法で片付けてしまえばいいのに、そんなことは絶対にせずに、文句を言いながらも完食することが何回もあった。ロヴは普通の人よりもはるかに人間くさいのだ。


 だからレティシアは思う。ロヴは決して魔法で言いなりになるようなことなんてしない。

 そんな、人を物のように自分の都合のいいようになんて扱わない、と。


「怖いことなんて、ないわ。だって、ロヴは絶対にそんなことしないもの」


 椅子から立ち上がったレティシアは、ロヴの座る前に出ると、そう正直な気持ちを伝えた。

 その彼女の真摯な言葉に、ようやくほっとしたような表情を見せたロヴは、「そうか、怖くないか」と噛みしめるように呟き、レティシアの腰に手を添えた。


「え、あっ……ちょっと、ロヴっ!?」


 軽く引き寄せられたレティシアの胸の下にロヴの額が、こてん、とあてられる。


「少しだけだ。少しだけ、このままでいさせてくれ」


 そう言って、腰に当てられた手に力が入る。

 抱きしめられているという訳ではないが、レティシアにとってこの体制は多分それと同じくらいに恥ずかしい。


 胸のすぐ下にロヴの熱をじわりと感じ、心臓がばくばくと大きく音を立てはじめた。こんなに大きな音を立てていたら、絶対にロヴにだって聞こえてしまうと焦る。


「あの、ね。ロヴ……離れてちょうだい」

「もう少しだけ」


 ただでさえ大きな胸が邪魔で、下を見てもロヴの様子がわからない。ただ、その手が、額が、あたる場所がひどく熱く感じてしまうだけだ。


「レティ」


 どこか甘やかさの残る声でロヴがレティシアの名前を呼ぶと、胸の奥深くがぎゅんっと締め付けられる気がした。


 このままこうしているのはきっと、貴族令嬢としては間違った判断なのだろうと、レティシアにはわかっている。けれども、こうして彼女に甘えるロヴを強く拒絶する事は出来ない。

 むしろ、こうしてあげられることが嬉しいという気持ちが、じわりじわりと胸から喉元まで這い上がってくるような気がした。


「ロヴ……」


 小さく彼の名を呼ぶレティシアの声につられたように、ロヴの体がピクリと動く。上げた額の先、そのきらきら輝く黒い瞳と、レティシアの琥珀の瞳が絡み合うその瞬間――


「あ、ズルい!ロヴ、レティにばふばふしてる!」

「ぐっ!」

「きゃああっ!」


 お腹いっぱいになって横になっていたはずのブランが突然、「俺もー!」と言いながら、レティシアの胸に飛び込んできた。


 そして、勢い余ったブランに弾かれ、腰にあてられたロヴの手が離れてしまったせいで、レティシアは床に大きくお尻を落とすことになってしまった。


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