チャーム 1
白の日は過ぎてしまえば、その賑わいもすぐに落ち着いてしまう、たった一日だけの祭りのようなものだ。
あの日初めて見かけた疑似魔陣牒を売る少年、そしてグレン・トールダイスの微笑んだ姿も、レティシアにとっては、全てその祭りの催しの一つだったように思えてしまっていた。
そして戻ってきた日常の三日後、急遽ベルギュン伯爵家跡取り子息の婚約祝のパーティーが開催されることとなった。
本来ならば次の白の日に予定していたものだが、王太子の婚約式が延期してしまったものだから、被ってしまわないようにと前倒しされたようだ。こんなところにも、ミラベルのわがままの影響が響いている。
パーティーの招待状はサイガスト公爵宛てへ来たものだが、生憎と今日は王宮での議会が入っていた。王太子がビエルでの演習中ということで、物資輸送やら王宮内警護の配備に対外的な応対など色々と決めることが多く忙しいらしい。
そのために、代理としてミラベルが出席する事になったのだ。
「今日はお父様とお母様の名代だから大人しくしているわ」
「そうして下さいませ。さあ、もうすぐ着きますわ」
ミラベルとレティシアの小さな確執も未だ続いている。勿論表面上は何事もなく仕えているのだが、あの日彼女が主を拒絶した時から、どうにも何かがかみ合わない。
レティシアが先日のことを謝罪しようとすると、急に何かを思い出したかのようにその場を離れたり、他の侍女に話しかけたりとして、少しも何も伝わらない。かといって無視をしているという訳でもなく、何かを言いたげな表情をしながらレティシアを見ていたりもするのだ。
今日のパーティーの道中、馬車の中でどうにか意思の疎通を図ろうとするも、乗るやいなや「休みます」と、一言告げて目を閉じてしまった。
こうなるとレティシアの方とてムキにもなる。よううやく発せられたミラベルの言葉にたんたんと返し、目も合わせないで馬車を降りる用意をし出す。
「どうぞ、サイガスト公爵家の代表ということをゆめゆめ忘れぬようにお願いいたします」
そう言って、ミラベルの後ろに付き馬車を降り、伯爵家のパーティー会場へと向かった。
ベルギュン伯爵家は系統がそう古い家ではないが、南方の気候に恵まれた地域を領地に持ち、商才に長けた当主が切り回しているお陰で、爵位よりも遥かに裕福な生活をしている。
そしてそこに嫁ぐ予定の婚約者であるバーネットの生家エキレーゼ侯爵家とは、全くの真逆なのは招待客の皆がよく知るところだった。一言でいえば没落寸前。
持っているものと言えば古い家名と爵位、それから娘のバーネットのみだというのが彼らを知る周りの総意である。
それでも二十四になるベルギュン伯爵家跡取りのアントーニオと二十一のバーネットは年周りもよく、何よりもアントーニオが深紅の薔薇と評されるほど美しい彼女にべた惚れだったお陰で婚約話はスムーズに進んだらしい。
勿論、ベルギュン伯爵家からの相当な援助がエキレーゼ侯爵家に渡ったという噂は真実だ。
もとよりそんな話のある婚約パーティーなので、豪華な支度の割には今一つ華やかさに欠ける。
特に若い令嬢が少ないと、レティシアは思った。挨拶を一通り済ませたミラベルも、見るからに手もち無沙汰のようで、賑やかにはしゃいでいるのは、婚約者たちとそれを持てはやすアントーニオの友人たちだけのように思える。
「適当なところで抜けても、お父様は怒らないでしょう?レティシア」
「ええ、そうですわね。ミラベルお嬢様」
扇で口元を隠しながら、ミラベルがレティシアに声を掛けた。久しぶりに顔を見合わせて話せば、やはりそこはあっという間に通じ合う。
「それでは、何か飲み物を頂いてからにしましょう」
「はい、お嬢様。今お持ちいたしますわ」
ようやくいつも通りに戻れたかと、少しばかりうきうきしながらレティシアが飲み物を取りに行くと、ミラベルの好きなチェリーソーダを見つけた。
これならと、二つ手に取ろうとしたところで、息がかかるかと思うくらい耳の近くで声が響く。
「それは、酒ではないな?」
「ひっ!」
思わずそのままテーブルに突っ伏すかと思った。よくも踏みとどまったと自分に感心していると、呆れたようなため息が耳についた。
「気をつけろ。せっかくのドレスが汚れるだろう」
「ご、ごきげんよう。トールダイス様」
後ろから急に声をかけたあなたのせいですよ、くらい言ってやりたかったが、そこはぐっと飲み込む。
ここは貴族のパーティー会場で、相手はトールダイス侯爵家の嫡子グレン・トールダイスだ。
ミラベルの、いやサイガスト公爵家の顔を潰すわけにはいかない。
気を取り直し彼の様子を一瞥すると、普段の美麗な眉が下がり、目の下には隈とまではいわないが、疲れがありありとわかるほどのっていた。
「ええと、お疲れなのですね」
レティシアがそう尋ねると、ぎりっと歯を噛みしめるような口の動きの後で、はあ、と小さな溜息をつく。よほど疲れているのだろう、彼のこんなにも砕けた表情は始めてみた。




