召喚 2
魔法が衰退しかけているこの世界。
数百年前までは、このアウデイン王国だけでなく近隣の国々にもたくさんの魔法使いが存在したらしい。
それは、小さな火や水の魔法を使えるものや、もっと大がかりで山の一つも吹き飛ばすほどの力を持った魔法使いまで様々だった。
その中でも、大いなる魔法使いと呼ばれる存在がいた。その名も、『魔王ロヴ』という。
魔王ロヴは、魔法の使えない一般の人間たちにも手軽にその恩恵を受けられるようにと、考え研究した結果、『魔陣牒』という符号を作り出すことに成功した。
この『魔陣牒』を必要な時、必要な場所で展開すれば、その種類に応じて、水を出したり火をおこしたりといったことが、至極簡単に出来ることとなった。
更に違う魔陣牒を組み合わせ、掛け合わせることによって、お湯を出したり、冷えた空気をだしたりと、複雑なことが出来るようになり、ますます人々の生活がしやすくなっていった。
すると世の魔法使い達は、そんな生活に直結する新しい魔陣牒を作り出すことに夢中になり、一般の人達にどんどんと魔法文化という形で金銭と交換に提供しだした。
一度構築が成功してしまえば、魔陣牒の符号というものは永遠に変わることは無い。その上魔法使いとして修業した者でなくても、それなりの魔力がありさえすれば複製は作れてしまうのだ。
人の役になりたいと精を出す者、逆に簡単に金が稼げると構築に勤しむ者、その性質により理由は様々だったが、そのお陰かこの世界はとても便利になり生活水準がぐんと上がっていった。
しかし、そうして本来の魔法を使わなくなっていった魔法使い達は、修行や研究に励むことも、弟子にその魔法を伝えることもしなくなり、徐々に潰えていく。
魔法文化の発展が、魔法そのものを衰退させてしまったといのも皮肉な話なのだろう。
この二百年というもの、世間一般に流通する魔陣牒の符号で新しく出来たものはないと聞く。そして今では魔法使いを名乗るものもほとんどいなくなってしまったのだった。
それが、この魔法に依存しつつも、魔法が衰退しかけている世界の状態なのである。
***
だが、今現在のレティシアは、そんな魔法文化云々の話など関係ない。むしろ、魔王とかなんなんですか、それ?の状態だ。
逆に関係などしたくないと、くるりと振り返り見なかったことにした。
そうだ、こんなことがある訳がない。伝説の魔王が召喚されるわけなどないと思うことにしたのだ。
これは『黒の日』が見せたまやかしだと。
そもそも黒の日は出来るだけ外出を禁じ、自宅で大人しくしているべき日だと、アウデイン王国では子供の頃に教えてもらう。
それは、ほぼ一日が暗闇に覆われるから気をつけなさいという教訓という側面があるのだけれど、昔から伝わる理由の第一としては、『闇に魅入られる』からというものだったはずだ。
それがどうしてこんなことになってしまったのか?よりにもよって黒の日に、魔王召喚だなんて……
がっくりと首を垂れ、自分の不運さを嘆いていると、レティシアの主人でもある少女が嬉しそうに語りだす。
「よかったわ。無事に呼べたのね」
「無事なものですかっ!ミラベル様、何で使ってしまったのです?こんな……怪しげな魔陣牒……」
世の中の噂では、雨を降らせることが出来るだとか、空を飛べる等、眉唾物の魔陣牒の話も聞いたことはあるが、魔王ロヴを召喚出来る魔陣牒の話などレティシアは聞いたことがない。
大体が、『魔王ロヴ』の存在とて、何百年も前の伝説ではなかったのか。
もしかしたらこれは幻覚か、何かの間違いであるかもしれないと思い直し、この場に召喚されたとされる人物を、不審者ばりに警戒、観察する。
アウデイン王国では見かけることすらないほど珍しい真っ黒な髪の毛は、顔の半分を覆いかぶし、ぼさぼさとあちらこちらに跳ねてはいるが、不潔ではないようだ。まるでついさっきまで寝ていた為についた寝ぐせのように見える。
そして、肩から掛かっているのは、真っ黒なローブだとばかり思っていたが、よく見ればこれはどう見ても薄掛けだ。
「え、寝起き……」
「寝起きじゃねえ。正に寝てたところを無理矢理引っ張り出されたんだよ、お前らにな!」
「いや、私呼んでいません。関係ないです」
「ああ?じゃあどうしてこの俺が、こんな場所へ、いきなり飛んでこなけりゃならないんだ?」
「飛んできた?飛んで来たって言いました?あなた、今!」
この真っ黒な不審者の、飛んできたという言葉に、レティシアはそれこそ飛びついた。そもそも少量の荷物ならともかく、人は魔陣牒で送ることは出来ない。
もしかして、この見知らぬ魔陣牒は、人を運ぶことが出来るのか?もし、そうならば、ここに飛んできたというこの人に、どうしても聞きたいことがある。
レティシアは、魔陣牒の上で苛立ちながらあぐらをかく男の正面に座り、じっと見つめた。
ほとんど髪に隠れているが、時たまちらりと見え隠れする瞳も、その髪と同じく真っ黒だ。
しかし漆黒のはずのそれは、ただの闇とは違い、何故か中にきらきらとした星がみえる。
不思議なことに、とても綺麗な、そして知的な瞳だと思った。すると、何故かその男の方もレティシアを面白そうな顔で見返してくる。
「ふうん……お前」
男が何かをレティシアに告げようとしたその時、銀髪の美少女が横から割り込み、男の胸倉を掴んで引っ張った。
「ロヴ!お願いだから、次の白の日の舞踏会を中止にして頂戴!私、王太子妃になんて嫌!絶対になりたくないの!」
「お嬢様っ!」
「はあ!?」
そうして、ミラベルは『魔王を召喚したい理由』をぶちまけたのだった。