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魔法陣 2

「で、私はどうすればいいの?」


 ひとしきりじゃれた後、少しばかり眉間に皺を寄せたような顔をしているロヴに声をかけると、彼はゆっくりとレティシアに向かい、こう言った。


「この部屋に魔法陣を組む。魔力のあるブランが、この部屋でレティシアに少しでも接触したら部屋に帰れるようにな」

「ええっ!?」

「えーっ!?」

「なんだ?お前ら、文句あるのか?」

「反対、はんたーい!俺、もっとレティにばふばふしたーい」

「ああ?ちょうどいいだろうが。お前は魔獣のくせに人間に馴れ馴れしすぎだ」


 ブランの真っ白な耳をつまみ上げ、言い捨てるロヴに、レティシアも反論する。


「だって、それじゃあブランのふわふわもこもこを堪能出来ないじゃない!」


 動物好きな彼女とて納得できない。

 魔獣相手とはいえ、せっかくこんなに毛並みのいい動物が自ら進んでじゃれてくれるのだ。こんなにふわふわの毛を撫で回せるという機会をのがしたくないと必死だ。


 ブランはともかく、レティシアの言葉を聞いて、少しだけ考えるロヴ。そこに、ブランが良いこと思いついたというように、提案した。


「じゃあさ、俺がレティを舐めたらってのは?」

「却下だ」


 しかし速攻でブランの意見を切り捨てる。

 接触だけで魔法が発動するのなら、それでもいいではないかとレティシアも思ったのだが、ロヴは頑として頷かない。

 だとしたら、どうしたらいいのかと考えて、ふと思い立った。


「あ、鼻スタンプはどうかしら?」

「鼻……なんだ、それは?」

「私の手のひらに、ブランの鼻をスタンプみたいに、ポンっと押すの。これならわかりやすくていいんじゃないかなって思うんだけど、ねえ?」

「いい。いい!そうしようよー、ロヴ!」


 愛玩したい、されたい、一人と一匹が、どうにか許しを得たいとばかりに、じっとロヴを見つめ懇願する。

その瞳に押されたのか、はあ、とため息を一つ吐いた彼が渋々と「仕方がない」と、ようやく納得した。


「それならレティ、手を出せ」

「ええと、なんで?」

「お前の手のひらに直接魔法陣をのせてやる」

「あ、はーい」


 ロヴが差し出した手のひらに、重ねる様に右手を置くと、その熱さにどきりとした。


 そういえば、レティシアは王都に出てきて以来ダンスの練習もした覚えがないことを思い出す。領地に居た時もそう熱心ではなかったが、それでも一応は習っていたのだ。

 田舎ゆえ相手といえば、今は亡き父親であるロズベール伯爵くらいしかいなかったので、他に比較がしようがないが、男の人の手のひらがこんなにも大きくて熱を持っているものだとは知らなかったのだ。


 そのロヴの指が、レティシアの手のひらに円を描くようになぞり始めると、彼女の背中につっと何かが走った。


「っん……」

「どうした?」

「う、ううん。何でもない」


 思わず声を漏らし、びくり、と身動きしてしまったレティシアに、顔も向けようとせずにロヴが尋ねると、慌てて彼女は何でもない体を装った。


 まさか馬鹿正直に、『ロヴの手にどきどきした』という訳にはいかない。彼は魔法をかけるために手を取っているのだから、変な勘違いをしてはいけないと、自分でも訳も分からないままそんなふうに考えてしまった。


 そうして何分間かした後、レティシアの手を最後に一度ぎゅっと握りしめ、よし、とロヴが一言告げると、ブランが尻尾を大仰に振り回しながら近づいた。


「出来たー?」

「ああ。レティの右手のひらに魔法陣を組んだから、その、鼻スタンプってのをやってみろ。そうすりゃブランの魔力を使って部屋に戻る」

「ほいほーい。じゃあ、明日からよろしくね、レティ!」

「ええ、ブラン。あ、ロヴ、今日の食事がまだ……」

「今日はいい。早く帰れ」


 明日から一週間も会えないというのに、なんともあっさりとしたものだと思ったが、帰れと言われたらそれに従うしかない。

 本当なら余分な仕事が少なくて済むと喜ばなくてはいけないところなのに、妙に気落ちした気分になってしまった。

 そもそも契約として片づけに来ているのだから、王太子殿下がビエルから帰ってくるか、ロヴが満足したらそれまでなのだ。


「じゃあ、また」

「じゃあ、明日ねー」


 ブランが、レティシアの右手のひらに鼻先をぺたんとくっつけると、一瞬で自室へと飛んだ。魔陣牒で運ばれる、『行き』のように空気の揺れは感じない。いつもロヴが送ってくれる『帰り』のと全く同じ感覚に、レティシアは思わず右手をじっと覗き込んでしまう。


「魔法が、ここに……」


 見た目は普段と全く変わることのない右手をそっと撫でてみると、先ほどのロヴの熱い手のひらを、指を、思い出してしまい、顔が急に火照ってくる。


「な、んで……?」


 自分でも理解できない感情が、レティシア自身の胸に湧き始めていくのを感じた。


 なんとなく落ち着かないと、戸惑うことしかできなくて、ついついその夜は寝そびれてしまい、次の朝起き上がるのにとても苦労してしまった。


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