お悩み 1
レティシアの目下の悩みといえば、このところ急激に成長してしまった胸のことだ。
勿論、魔王ロヴ召喚事件から立て続けて起こったことも悩みといえば悩みだが、そちらの方はもうレティシアがああだこうだと悩んでも、どうにもならないところまで進んでしまっている。
だからもうそれは仕方がない。自分でやれるべきこと、即ち、主ミラベルの世話と、ロヴの屋敷の片づけに専念することにした。
そうすると、それ以外でといえばやはり一番気になるのが自分の胸のこととなる。
なんといってもお年頃だ。弟のコーヴェンが成人するまでは、結婚を考えるよりも仕事に重点を置こうと思いつつも、羞恥心だけは自分ではどうにもならない。
そうでなくてもミラベルに付き添い、社交の場に出て行かなければならないのだから、せめて目立たせたくない。だから出来るだけ地味なドレスでこっそりと付き添のだと、そう心に決めていた。
しかし、決めたのにも関わらず、何故か周りが承知をしてくれなかった。
「レティシア、そのネイビーのドレス、よく似合うわ。だから、もっと背筋伸ばしてしゃんとしなさいよ」
「お嬢様、これ少し派手ではありませんか?その、胸が少し目立つかと……」
「何言っているの?全然派手じゃないじゃない」
パーティーへ向かう馬車の中で、口を少し尖らせながら、ミラベルが答える。今日の彼女の装いは、小ぶりな薔薇の飾りが胸元に沢山ついたレモンイエローの可愛らしいドレス。
その意匠は、ミラベルのささやかな胸元に少しばかりのボリュームを持たせるのに貢献しているように見える。デザイナーの努力がわかる逸品だ。
そしてレティシアのドレスといえば、レースの刺繍で美しく飾った胸元は、大きくカッティングされ、寄せられた白い肌の谷間と濃いネイビーのドレスとのコントラストがくっきりと映し出されていた。それは魅力的な仕上がりだと言えよう。
「いえ、私としてはもう少し目立たない色と形のものの方がよかったのですが……」
「私の付き添いに、そんな地味な格好した方が目立つわよ!レティシアだって若いんだから、もっと派手にね、ね。ほら、今日は年寄りは少ないって、サーリス様も言っていたから、少しは楽しんだら?」
今日の招待は、ミラベルと同じ年の令嬢がいる、コットテイン侯爵家から来たものだ。
半年ほど前に成人の祝いをした、このコットテイン侯爵家令嬢、サーリスにもまだ婚約者は決まっていない。
それゆえか特に今日のパーティーは彼女と年周りの近しい若者たちに向けて、多くの招待状が送られているようだった。
それだけに、成人したら恋がしたいなどと言い募っていた時は、夢見るミラベルに間違いが起こらないようにきっちりと監視していなければと意気込んで、他には気が回らなかったレティシアだった。
だが、不幸中の幸いというべきか、王太子殿下と強制的に離れることによって、その存在の大きさに気が付き、最近はその恋がしたい病はとんと治まってしまったようなので随分とホッとしていたのだ。
今日のパーティーも、友人とのお喋りやドレスの見せびらかしが主な楽しみになっているらしい。
勿論、見た目は申し分なく可憐で美しく、公爵家令嬢という立場のミラベルなので、変な虫が寄らないように警戒は怠らないようにはするのだが、ミラベル本人に男性と接触する気があまりないようなので、当初よりも負担も少なくなっていた。
その分、気にかかるのが、レティシア自身のコンプレックスである。
先日のミラベルの成人の祝いの席でも、コルセットで締め付けられ胸が押さえられていたことに大層苦しんだ。その上、どうも皆の目線がその自分の胸に向かっているような気もして居心地が悪かった。
「似合うんだから、気にしないの」
「あー……帰りたいです。帰りましょうか?もう」
「やめてよお、つまらないこといわないで。まだ着いてもいないんだからね」
そうやって馬車の中、まるで年齢が逆転したかのような会話がひたすら続いた。
ようやくたどり着いたコットテイン侯爵家もまた、サイガスト公爵家に負けず劣らないほどの豪奢な屋敷を王都に構えていた。
公爵家令嬢ということで、ミラベルの馬車は屋敷正面まで乗りつけることが出来、大勢の貴族が出入りする中にその姿を現すことになる。覚悟はしていたのだが、胃が痛む。馬車の中、はめ込みの窓からちらりと覗き見た感じでは、レティシアのロズベール伯爵家よりも家格の高い貴族ですら馬車溜まりの方で降ろされていた。
「さあ、行くわよ。レティシア」
「は、はい……お嬢様」
流石に公爵家令嬢として育てられたミラベルは、堂々と、それは優雅な仕草で馬車を降り始めた。
あっという間に皆の視線を独り占めしたミラベルだが、そんなことは当然の様に受け流しゆっくりと地に足をつける。まるで地上に降り立った天の使いのような美しさに、周りからも、大きなざわめきとため息が漏れ聞こえた。
レティシアは、そんなミラベルに遅れてはならないと、そっと馬車から降り、彼女の後ろにぴったりと付いた。
なんてことはない、こうしてミラベルの後ろにいれば、誰も自分の胸など見てなどいないのではないかと思えるほどに、皆美しい公爵家令嬢に釘付けだ。少し気が楽になったレティシアは、そのまま主の進むべき方へと付き従っていった。




