4話 上位互換
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その後の学校は普段通りだった。俺の予想通り、俺が目覚ま師だとわかったからといってクラスで注目されることはなかった。
学校が終わり、俺は病院に向かう。父さんに呼ばれているのだ。
「失礼します」
「秀人か。とりあえず座れ」
父さんがいるのは院長室。殺風景な白い景色が広がる病院の中では異質の場所だ。俺の幼いころの第一印象は、ドラマで悪の組織のボスがふんぞり返って座ってそう、だ。黒っぽい壁と天井、そこには立派な額縁に入った高そうな絵や、いかにもな雰囲気を出しているシャンデリアなどが飾られている。壁際には大きな振り子時計がある。政治家が使っていそうな立派な机、そこには自分の偉さを強調するかのように、院長 西沢秀久と父の名が書いてある金色のプレートが埋め込まれている。椅子は座り心地がいいものを海外から取り寄せたと聞いている。その椅子にどっしりと父さんは座っている。俺は来客用の黒い革のソファに座る。
「学校は最近どうだ?」
「勉強はしっかりやっています」
「そうか、今日は遅刻させて悪かったな」
「いえ、今日の授業は大事な教科はなかったので大丈夫です」
「遅刻させたのは俺の用件で完全に私が悪い。だがどんな授業にも意味はあることも忘れるな。言われなくてもわかっているだろうけど一応忠告だ」
「肝に銘じておきます」
今ので不快に感じることはない。父さんはそういう人で、もう慣れてる。
「今日の患者さんは有名な研究所の所長の娘さんでな。泣きつかれたから困ったんだが助かった」
「そうですか」
父さんは医師としてさらに地位を確立しようとしているらしい。俺はそういうしがらみには興味はない。まだ考える時期ではないと思っている。
「その方はたくさんの目覚ま師に診てもらったが治らなかったそうだ。相変わらずお前の才能には驚かされるよ。秀人、よくやった」
「――――ありがとうございます」
褒められた。そんな親子なら当たり前なのだろうことに、俺はひどく驚いた。
父さんに褒められたのは何年ぶりだろうか。それは思ったより突然で、嬉しかった。心のどこかでそれを待っていたのかもしれない。
父は眼鏡をしていて、長身で適度に痩せている。俺は父が割と歳を食ってから生まれた子供で、父はもう白髪になっているが、だからといって老けているように見えるわけではなく、しっかり整髪剤で整えられ、清潔感がある。性格はとても真面目だ。優秀な人で、一代で自分の大きな病院を作り院長までのしあがった。それなのにまだ向上心を失っていない。本当かどうか知らないが、より高い地位、医師の連盟の会長をひそかに狙っているとナースさんが噂していた。
父さんは何を考えているかわからない。親の気持ちが知りたい、そんな些細な感情が、今突然芽生えてきた。
「父さん、一ついいですか?」
「なんだ?」
少し緊張する。だが久しぶりに褒められた今、聞いてみたい。
「俺の良いところって何だと思いますか」
しばらくの沈黙。時計の針の音がやけにうるさく聞こえる。だが少し考えた後、父さんは言った。
「良いところはわからない。だが気に入っているところは、私に似ているところだ」
俺はその時再び衝撃を受けた。
はっきりいって父さんとの会話は苦手だ。真面目なのもあるかもしれない。厳しいだからかもしれない。ただ何回か自分で考えた結果、父さんが自分の完全な上位互換のような存在だからだと今では思っている。それがドンピシャで来た。
自分と似ていて、それなのに上回っているところが一つもない、人間はそういう人を一番恐れると思う。
そもそも俺と父さんは似ているのだろうか。学力で勝負するタイプで、真面目……なのかな、自分のことはよくわからないが、とりあえず真面目として、それから後は――? 俺には何がある? あれ……? 俺には――。
「ところで実はお前にもう一件依頼が来ててな」
「え? あっはい」
父さんとの会話で集中が切れるのは我ながら珍しい。
「三年寝たきりの患者さんだ。かなり手強いだろう。できるか?」
「三年ですか!?」
「ああそうだ。通常のユメの患者とはレベルが違うだろう。世界中の優秀な目覚ま師にはすべてあたったがだめだったそうだ。報酬は莫大な額用意しているらしい。だがその方のお母様が最近若くて急に活躍し始めたのが日本にいると耳にされたそうでな」
父さんはちらりと俺を見た。
そうだ。目覚ましだ。
俺には才能がある。さっきも父さんが俺のことを褒めてくれたじゃないか。
「やります! やらせてください」
「本当にやれる自信があるんだな? その患者さんのお母様はユメについて専門的に研究されていて世界的な権威だ。将来確実にノーベル賞を取るともいわれている。成功したとき私は大きなコネクションを得ることができるが、失敗したときは私の面目は丸つぶれだ。断ることも考えている。もう一度聞く。本当にできるか?」
ここで迷ったらだめだ。俺のとりえは目覚ま師なんだ。
「できます!」
「よく言った。頼んだぞ」
その一言が心地よかった。
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