3話 心を許す
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授業が終わり昼休み。昼休みは屋上で弁当を食べることにしている。
屋上は緑があふれ、植物園のようになっている。効率性が重視され、都心から緑が消えていっていた数年前。その反動からか、植えられるところには植えておこうということで、都心の建物の屋上に植物を植えることが推奨される国のキャンペーンがはじまった。完全に遂行されているわけではないが、学校のような公的な場所では率先して実施されている。
ビルの合間から差し込むわずかな光、人工的に配合された茶色い土、完全に自動化された小型スプリンクラーの水。それらで育った木や草は、先入観からか、やけに弱弱しく育っているように見えた。
俺は屋上端に立っている網を背もたれに、コンクリートの床に弁当を広げて食べている。
そういえば屋上の床も緑色をしている。小学校の時も中学校の時もそうだった。この色は全国共通なのだろうか、そんなことを考えながら、今日のメイン、ハンバーグを頬張る。ハンバーグは冷たかった。
「またここにいた」
聞きなれた声の方を見ると、同じクラスの女子生徒、安藤優花が立っていた。
「また優花か。屋上に上がるのは禁止されているって言っただろ」
「そんなの秀人も同じじゃん。どうやって鍵開けてるのか知らないけどさー」
「許可もらってるからいいんだよ」
「嘘つき。本当に許可もらってるならチクっちゃってもいいのかな~?」
「それはやめといてくれ。ほら、ハンバーグやるから」
「ハンバーグ! 仕方ないな~黙っててやろうかのう」
箸の使ってない太い方をうまく使って、ハンバーグの口をつけていない部分を切り離し、透明なプラスチックの蓋に乗せる。
俺がよく話すのはクラスでは優花くらいだ。
俺と優花は幼馴染。親が医者なのも一緒。小学校の頃は風紀委員をやっていて髪もロングの黒髪だった。真面目な委員長キャラだったのだが、今は短くした髪は周りからはわからないくらいだがほんの少し茶色くして、制服も着崩している。偏差値的には割と優秀なうちの高校では珍しいタイプ……になってしまった。
冷えたハンバーグでも優花は美味しそうに食べる。
「それで、今日は何の用だ?」
「――そうだった。今日の授業。目覚ま師だってみんなにばれちゃってよかったの?」
「そんなことか。別に隠してたわけじゃないしな」
「でも目立つのは嫌がってたじゃん。わざわざ指名して先生も意地悪だよね」
「大方先生は、俺が体育の時にあんまり周りと話してないから、クラスメイトと話す種でも作ったつもりなんだろう。確かにあの一瞬は目立ったけどな、それでもいつも通りだっただろ」
屋上に向かおうと教室を出る時、すれ違ったやつ数人に「すごいね」と言われたくらいで、俺の周りに人が群がるなんてことはなかった。
「確かにみんな口に出したわけじゃないけど、ユメについて初めて聞いたわけだし、みんな気になってるんじゃないかな」
優花は素直だ。そこは昔から変わってない。
「あのな、優花。ユメのことなんて親から聞くなりネットで見るなりで知ってるはずだ。禁止されているとはいえ、裏で守ってるやつはいない。今日はおおやけに認められたってことにクラスメイト達は興奮してたんだ」
「そうなの!?」
優花は驚いているようだ。
「そうだ。優花だって親から聞いただろ?」
「それは私の親が医者だからで、私に目覚ま師になって欲しかっただからだし」
「みんな理由は何であれそんなようになんとなく聞くもんさ」
「ふーん」
優花は不満げに鼻を鳴らす。
そんな話をしているうちに残りわずかになったごはんを口に頬張る。うまかったとは言えない。だがまずくもない。いつもの味だった。
横になるか。コンクリートの床に頭をつけると痛いから手を頭の後ろに組んで寝る。
「また寝てる。食べた後に寝ると牛になるよ?」
「はいはいそうですか。てかまたってなんだよ。優花の前で寝るのなんて久しぶりだぞ?」
「女の情報力を舐めない方がいいよ。いつも食べた後横になってることなんて、私には筒抜けなんだから」
優花は小悪魔のように笑う。
俺が人前で横になることなんてあったかな。確かに昼食後に横になるのは俺のルーティンだ。
目をつむり、風を感じる。四階建ての学校の屋上、ここもビル風が吹く。
「女の情報力ね……優花のイメージとはなんか違うな」
「なにそれ。幼馴染だからってそうやっていつまでも子ども扱いして。私だって立派な女子高校生ですー」
「はいはい、わかったわかった」
優花はため息をつく。ちょっと怒らせてしまっただろうか。
「――秀人、変わったよね」
「人なんて変わるもんさ。人間は成長する生き物だからな」
「そういう返しがもう変。なんていうのかな……」
俺に対する的確な言葉を探しているようだった。そしてそれはすぐに見つかったようだ。
「そうだ、中二病だよ!」
「中二病?」
「そう。なんか大人びた雰囲気出しちゃってさ。いうこともいちいち詩的でキザだし」
「俺には心当たりはないがな」
「本当に?」
優花の方を見るとこちらをじっと見つめていた。まじまじと見る、というのはこういう時に使うのだろうか。
心当たりがないというのは半分嘘だ。俺は目覚ましの仕事で、大人の女の恋人や意識の高いサラリーマンの長年の親友を演じたりしている。その時に嫌でもキザになりもする。俺の所に依頼が来るのは、高い金を払ってでもすぐに起きないと損失が出るエリートばかりで、そういう人ほどキザなタイプが好みだからだ。もし俺が本当に中二病ならば、それが影響しているといえるだろう。
だがそれが現実の俺に、ましてや幼馴染と会話する俺に影響を及ぼしているとはどうしても思えない。現実の俺が変わった気もしない。
「俺が単に成長して大人になったんだ。優秀な大人ほどかっこつけたくなるんだよ」
「私には子供が背伸びしているようにしか見えないけど」
「今日は饒舌だな。ギャル系のキャラがぶれてるぞ」
優花は口をふさぐ。何か考えているようだった。
もう一度目をつむって風を感じる。気持ちいい。ビル風でも目を閉じればわからない。田舎の空気は美味しいというが、それは錯覚なんじゃないかと思っている。
立ち上がって屋上の端から木の生えている中心に少し歩く。
「ちょっと優花、こっちで横になれよ」
「どうしたの、急に」
何も言わずに首でもう一回指し示すと、優花が無言で従ってこっちに来て横になる。それを確認してからおれも横になる。
「こうやって横になるとさ……見えるんだよ、空が」
太陽は見えない。でも確かに空の水色が小さくだがそこにはあって。四方に生えているビルが広がっていくように見える。
「本当だ――」
あえて優花の方は見ない。その言葉が、本心から出た感嘆だったらいいなと想像を膨らませたいから。
「空だけじゃない。緑だってある。風だって吹く。ここは都心のコンクリートジャングルだけど、自然を感じられるんだ。都会は緑は少なくなったけど、変わってしまったけどこういう一面だってある。俺だって心の底では変わってない。優花だってそうだぞ。外見が変わろうが本当は純粋な心を持っている。幼馴染だからわかるんだよ」
優花は立ち上がる。
「こんな恥ずかしいこと言っちゃうところが中二病だって言ってるの。ばか――。でも」
そこで一瞬何かをためらった後。
「やっぱり変わってないかも」
優花はそう言ってくれた。
「だろ?」
「もう、ずっと前から中二病だったって思い出しただけですー」
「なんだよそれ。だいたい優花だってな、髪茶色くしてるの俺にはわかってるからな。それこそ大人ぶってんじゃないの?」
「ばか。そういうことで染めてるんじゃないし。秀人も――」
俺は優花と幼馴染で良かったと思う。優花もそう思ってくれていることを願う。
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