2話 この世界
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「お疲れ様です」
目を覚ますと看護師の男からねぎらわれた。
真っ白な病室。俺は半裸でベッドに寝ている。個室だ。
俺の腕や胸、頭からは無数の線がはえてとなりの大掛かりな装置とモニターにつながっている。モニターは二枚あって真っ黒なのと俺の体調のデータを映し出すものがあり、暗い方は俺がユメに入っているときの俺の視界が映し出されていた。装置は人為的にユメに入り、ユメに少々加工をするものだ。人工ユメ機とよばれている。
「お疲れ様です。あの方は無事起きましたよね」
念のための確認だ。
「もちろん。相変わらずの手腕、お見事です。どうして見つめるだけでユメから起こすことができるのか、後学のためにもぜひ知りたいものですが」
「自分でもどうやっているのかわからないんです。すみません」
「いえいえ謝らなくてもいいですよ。やっぱり天才はちがうなぁ」
看護師は何かを納得したように「天才」、とつぶやきながらうんうんとうなずいていた。
壁にかかっている時計を見る。今は十一時前。
「予定よりも早く終わったので午前の授業に間に合いそうです。もう行ってもよろしいでしょうか」
俺は十七歳、高校二年生だ。といってももうすぐ三年生になるが。
一刻も早くという患者さんサイドからの要望で今日は学校を遅刻することにしていた。
「あっ、すみません。体に異常はありませんでした。大丈夫ですよ、もう行っても」
看護師は俺に吸盤でつながれた電線をブチブチととる。俺は服を着て、
「ありがとうございました」
お辞儀をしながら病室の戸を閉める。
この病院は父さんが経営している。都会にあっても敷地は広く、十階以上ある総合病院だ。
道を歩いていると先程ユメにいた女性とすれ違い、足を止める。結婚まで言わせてしまったので、少し謝った方がいいだろうか。
「先ほどはすみませんでした」
女は少し顔をしかめたように見えたが、すぐに顔は戻った。
「そちらも仕事ですものね、気にしていません。治療していただきありがとうございました」
大人の対応だ、文句を言われることの方が普段は多い。
深々としたお辞儀に軽く会釈して返し、再び歩き出す。
これが俺がしているアルバイト、「目覚ま師」という仕事だ。
病院から高校までは乗り換えも含めて電車で三十分かかる。両方とも駅からはすぐ近くだ。
通学路を歩く。ユメと同じく快晴だったが、空はあまり見えない。学校は高層ビル群の中にある。珍しい高校として取材がたまに来るそうだ。
今日はビル風が強い。早めの昼休みになったのだろうか、サラリーマンたちがコンビニに群がっている。病院に入っているコンビニで昼飯を買っておいてよかった。疲れた顔をしたサラリーマンたちを横目に見ながら、学校に急ぐ。
少し疲れた。授業を受けるのが面倒くさく感じる。こんなことならもっとユメで時間をつぶすべきだったと少し後悔する。
教室に入るとちょうど四時限目が始まったところだった。クラスの視線を一身に受けるが、俺が病院の手伝いをしていることは何度か遅刻や早退をするうちに広まっているので、その視線もすぐに散っていった。
「おう、西沢。今日は午後からと聞いていたが」
四時限目は保健体育。体育科の快活な先生が担当だ。
「仕事が早く終わったので来ました」
先生は日焼けした顔を崩して嬉しそうに笑う。
「そうかそうか。西沢秀人出席と……今日はユメについての授業だ。西沢が来てくれてよかったよ」
途端に教室がざわつくのを、先生が落ち着つかせる。
先生は、ごほんっ、とわざとらしく咳払いしてから、重大なことを話すかのようにゆっくりと口を開く。
「皆の知っての通りだが、ユメについては高校で授業を受けるまでは、子供がその仕組みについて詳しく知ることは、国に特別な届け出を出さない限り禁止されている。興味本位でユメに入られると困るからな。今から話すことは、酒やたばこを楽しめるようになるのと同じようなことだ。心して聞くように」
周りを見れば、クラスメイト達が目を輝かせて、期待を寄せていることがわかる。
「ユメは君たちが寝たときに見る普通の夢と似ているが、数日以上、長い期間寝続けるという特徴があげられる。今から十数年前、世界中で一部の人が、寝てから数日間起きなくなったことがあった。それがユメの始まりだ。やがて起きた人々は口々に言った。鮮明な夢を見ていた、ってな。それからはが同じような状態になる人が相次いだ。世界で偉い学者さんたちが協議した結果、この現象を精神的な病気とし、『ユメ』と名付けることになった」
先生は授業にみんなが集中して聞いていることが嬉しいのか、いつもより大きな声で説明する。
「不思議なことに複数の証言から人々の夢はつながっていることがわかった。ユメはこの世界と酷似した別世界ともいえるだろう。非現実的に聞こえるかもしれないが、科学的にわかっていることは少ない。だが科学的に対策されていることもある。通常は数日経てば目を覚ますが、中には一週間以上起きない人がいる。そういった人を起こすために開発されたのが、人工ユメ機だ。西沢が詳しいだろう。目覚ま師についてのことと一緒に、ちょっと説明してやれ」
クラスの視線が再び俺に集まる。先生自身が説明した方が早いだろうが、指名されたのでおとなしく答える。
「人工ユメ器とは人為的にユメに入る機械です。軽度のユメ患者は、自然に治癒することを待ちますが、それでも治らない場合は、一般の病院にある人工ユメ機を使いユメに入り、患者がいる世界はユメであると伝えます。多くの場合はこれで解決しますが、ごくまれに、そのことを信じないでユメから覚めない人もいます。その場合訓練を受けた、『目覚ま師』と呼ばれる人が、特殊な方法でユメから覚まします」
俺は機械的に答えた。
静まっていたクラスが途端に騒がしくなる。当然だろう。
「どうして西沢が詳しいんだ?」
どう思うことは自然なことだ。
「西沢がその目覚ま師をやっているからだ」
クラスのざわめきは頂点に達した。
「まあ落ち着け。西沢がたまに休むのはそういうわけがあったからだからだ。それでは今からユメを扱った冊子を配る。職員室に置いてあるから、何人か運ぶのを手伝ってくれ」
そう言って先生は外に出た。
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