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ロンリーロアーと恐界戦線  作者: 式十
災禍呼ぶ神砂
10/10

三月虎

 いくら春と言っても、日が沈んだら流石に寒い。

 ……と思ったのは、周りの人の格好を見たからだ。

 今のボクの前では、季節や天気、時間さえも意味を為さない。こうして皮膚の感覚をシャットアウトしている時は、自分が生きているのか死んでいるのか分からなくなる。

 だから生きている他人を見て、判断するのだ。

 

 夕方の街は、油断しきったヒトで溢れている。今日は何を食べるとか、何がしたいとか、そんな危機感の欠片もない話ばかり耳に入ってきて、たっぷりと平和を味わえるのだ。皆仕事とか学業の時間が終わったから、疲れているんだろう。

 疲れていると、周囲に気を遣う余裕もなくなる。だから窮屈な帽子と地味な上着を着て歩くだけで、簡単に人混みへ紛れ込める。

 いちいち外に出る度に有名人の皮を着るのは、はっきり言って面倒だ。ここで風が吹いてきて、角みたいになった頭のアンテナが外気に晒されたら……なんて思うと、ぞっとした。

『……では、次のニュースです。今月……日にアメリカ北部の……で発生した集団殺人事件ですが、現場から10km離れた村で、新たな日本人の遺体が発見されました……』

 そしてテレビ塔から流れてきた報道にも驚いた。集団殺人事件とは言うが、間違いなくウェンディゴの大量発生だろう。

 跡形もなく焼き殺したと思ったけど、別の所でも何人か死んでいたらしい。

 なんだか申し訳ない気持ちになったボクは、慌てて目的地へ歩き出した。

 緩い空気の中だと、忙しそうな人はよく目立つ。

 早足で歩きながら電話するサラリーマン、次の電車を逃すまいと駅まで走る学生のグループ、特に忙しくはないけど早歩きしているボク。

 なんか、ボクみたいなぐうたらが忙しいフリをしているとますます申し訳なくなる。仲間じゃないのに仲間面してごめんなさい、みたいな。……本人達には分からないか。

 冷静になったら、気が楽になった。

 T字路を曲がって路地裏に入り、暗い道をがむしゃらに直進。

 そのまま進むかと思いきや、古い民家の前で右折。

 焼き鳥屋の前に出たら左折を六連続。

 ちょっと洒落てるバーが見えたら右折。これも同様。

 うんざりするほどシャッターだらけの道に出たら、あとはひたすら真っ直ぐに進む。ゲームみたいな手順を踏めば、そこはもうバケモノの世界だ。

 路地裏や森は意外と複雑で、何も知らないヒトはすぐ迷ってしまう。それを知ったバケモノは、ヒトが迷いそうな所に自分達の世界を繋げた。だから、大昔のバケモノは入り組んだ道の事を「門」と呼んでいたそうだ。

 現代では、バケモノがヒトを呼び寄せるための手順の事も「門」と呼ぶ。都市伝説や、ボクが今やった手順なんかもそのひとつである。


 今日はどのぐらいバケモノがいるかな、と思いながら歩いていると、電柱の影がぐにゃりと歪み出した。影はコンクリートと混ざり合って、マーブル模様の大きな虎に姿を変えた。

「よっ、チビ。一人たぁ珍しいなぁ」

「いつも界人と一緒にいなきゃいけないって訳じゃないからね。一人になる時だってあるよ」

「違いねぇや、わっはっは」

 虎のバケモノは、大きく口を開けて笑う。口調はおじさんくさいけど、声は豪快な女性のそれだった。実際彼女はメスだ。

 牙はどれも真っ黒で、ヨダレに濡れてつやつや光っている。喉の奥も底無しに暗くて、じっと見ていたら吸い込まれそうだった。

「そう言えば、李将(りしょう)も一人だね。子供は元気?」

「おうとも。一匹はようやくヒトの言葉を覚えやがった。可愛いもんだぜ」

 李将は李徴(りちょう)というバケモノの子孫らしい。見た目は虎だけど、賢くて詩の才がある。前に一度見せてもらったけど、縦に並んだ漢字にカタカナとか漢数字が混ざっていて、ボクにはちっとも読めなかった。

「そっか。子育て頑張ってね」

 挨拶代わりに彼女の頭を撫でると、李将はガオッと短く吠えた。マーブル模様が消えて影だけになった虎は、電柱の所まで歩くと再び歪んで細長い影に戻った。

 ボクもさっさと行く所に行こう。

 そして食べたいモノを食べよう。

 ヒトとバケモノの世界を繋ぐ道。道は方法でもある。

 「神隠し」と呼ばれる失踪事件が起こるのは、ヒトが門に迷い込んでしまった事が原因である。

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