召集
木製のすべすべしたドアを二回ノックすると、カチャリと鍵を開ける音がした。それをどうぞの合図だと勝手に判断し、純金製のドアノブへ手を掛ける。
「真夜中に呼び出すのはやめて欲しいです」
中に入ると同時に、ボクは何回目かも分からない苦情を訴えた。
壁にもカーテンにも時代を感じさせる、とにかく古めかしい部屋。その天井には、有翼人の骨格模型がシャンデリアよろしく吊るされている。絨毯が敷かれたタイル張りの床に、本棚に入り切らなくなった分厚い本がいくつも積まれていた。
「バケモノノ世界にハ真夜中にシかデきナい用事トいウモノもアるノダよ。マぁ座レ、茶デも用意シよウ」
黒を基調としたゴシックロリータ……とかいう衣装を纏った少女は、安楽椅子に腰掛けたままにやにやと笑った。椅子が揺れる度に、手入れされた長い青髪もかすかに揺れる。
レプリカの月が放つ光に照らされた姿は美しいというより、なんだか作り物みたいで不気味だった。
「夜中に動くならコーヒーの方がいいんじゃないの?」
コーヒーは嫌いだけど、一応聞いてみる。座れと言われても基本的に椅子は出されないので、膝の上に乗っかった。彼女はそうされるのが好きらしい。
「100歳ニもナっテ背伸ビカ?まダマダ子供ダなァ、クロトは」
「そういうつもりじゃないってば」
「ソこデ反抗スるカら子供扱イさレるノダぞ。モう少シ賢い答エ方をシたラドうダ」
そんな事を言われても無理なモノは無理だと思ったので、無視する事にした。
「界人」
「何ダ」
「コーヒーとか紅茶よりホットコーラがいい」
「雰囲気ニそグわナいモノハ要らン。俺の血液デ我慢しロ」
「うわー、漢方薬の味しそう」
ボクを呼び出した張本人は何年生きているのかも分からない吸血鬼……つまりバケモノである。そしてボクはバケモノでもヒトでもない、ただの国家の犬だ。
けれども、種族の違いは何の意味も為さない。単にお互いに名前を付け合った程度の仲だから、放っておけないから、問題についていけるのがお互いしかいないから……といった理由で界人は振り回すし、ボクは振り回されている。逆のケースはあまりない。巻き込まれるのが板についてしまったからだ。
「そレはサてオき、今回ハお前ガ好きソうナ事件ダぞ」
「事件は好きじゃないけどなぁ」
「北アメリカデ食人鬼ガ次々ト生まレてイるソうダ。ウェンディゴ症候群とイう言葉ヲ聞いタ事はナいカ?」
「……あるよ」
ウェンディゴというのは精霊で、北アメリカの先住民を中心に信仰されている。自然を害する者を襲って食べる以外は、あまり害を加えないらしい。精霊とは言うけど、見た目は骨と皮だけの死体に鹿の様な角が生えている、みたいな感じでアンデッドに近い。
そしてウェンディゴ症候群は、飢えや寒さに苦しむヒトが、ウェンディゴの夢を見る事でウェンディゴに変貌してしまう病だそうだ。大昔には都市伝説としてネットで噂になったりしていた。
だけど、こうして話題に出ているという事は。
「奴ラは実在シた。ソしテ無自覚のマまヒトノ世界を脅カし、増長シてイる」
……という理由で、殺しに行かなければならないのである。
クロト
不老不死の少女。バケモノ関連のトラブルに巻き込まれやすい。名字は死々王と書いてシシオウと読む。そこそこに常識を持つが、ヒトの世界ではそこそこに非常識な変人と思われている様だ。幼少期に女扱いされた事がないため、自身を「ボク」と呼ぶ。力が大変強く、何でも食べる。情緒不安定らしいが、バケモノといる時はそうでもない様だ。
ヒトとバケモノに育てられた特別な存在であり、現在は独り立ちし軍人として生活している。若いヒト四人、そうでない存在二人を養っているため、一部でロリコン疑惑が浮上しているとかしてないとか。
好物は売国奴と敵国にいる人間の肉。ちなみにスカートを履くのが大の苦手。