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昨日の君に、さよなら  作者: WW
第2章
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不思議な君に、なんだか 2

 カチカチという不気味な音が足下から響く。身体が九〇度傾き、ゆっくりと天へ向かって進む。その音が不吉なことへのカウントダウンのように思えて、雅也は唇を引き結んだ。

 ようやく山を登り終え、頂上に達した。

 わずかに平坦な道を行くが、その先にはもう道が存在しない。


「怖い?」


 挑戦的な目つきで静香が顔を寄せる。その表情に少しカチンときて、雅也は鼻で笑って見せる。


「そ、そんなわ――」


 突然、身体の正面から強烈な圧力を感じ、すぐに浮遊感に襲われた。鳩尾のあたりをすうっと何かが通り抜けていく感覚に身が打ち震え、雅也は安全バーを強く握りしめた。


 前後から男女の悲鳴が上がる。どれも楽しそうな声色で、こんな鉄の塊に乗る命知らずな彼らのことを素直に異常だと思った。

 ゆっくりと乗り場に車体が滑り込む。安全バーが開き、立ち上がる。だが、足下がおぼつかずによろめいた。


「大丈夫?」


 包み込まれるようにして静香に支えられた雅也は、あまりの気持ち悪さに何の抵抗もできず、介抱されるままに歩いた。四人がけのベンチに座らされ、ようやく人心地がついた。ぐだっと座って、深く息を吐く。


「ジェットコースター駄目なら言ってよ」

「言ったんだけど……」

「あれ、そうだっけ? ごめん」


 満面の笑みで謝られても、確信犯にしか見えない。

 抵抗虚しく『パンツ』の一言で無理矢理ジェットコースターに乗せられ、醜態を晒す一歩手前に追いやられた雅也。

 どうしてこうなってしまったのか。

 まるで走馬灯のように、ここに至るまでの出来事を思い返す。



 *



 八時四〇分。いつもなら家で三度寝をしている時間帯。

 雅也は高校から数十駅離れた豊永駅にいた。欠伸をかみ殺し、改札前にあるセイフティパイプに腰を預ける。


 豊永駅は小さな駅だが、規模に見合わぬほどの人でごった返していた。スマホをいじりながら時折改札の方を見る人々が目につく。カップルや女子のグループがほとんどで、男子だけという組み合わせは珍しかった。


 雅也も例に漏れずスマホで時間を確認しては改札に目を向ける。先ほどから時間がまったく進まなかった。一分おきにスマホを見ているのだから当たり前だけれど、当人はそのことに気づかない。

 待ち合わせ時間は五〇分なので、それまでは遅刻でも何でもない。それでも早く来ないかと気持ちが急いているのは、この空間にいることが落ち着かないからだった。


 豊永遊園地。戦前から存在する歴史ある遊園地だ。毎年アトラクションをリニューアルしているため、当時の面影はもはや残っていない。だが、その甲斐あってか来場者数は年々増加傾向にあった。千葉県に存在する夢の国にあと一歩のところまで肉薄しているという話もあるほどだ。


 遊園地と名のついている以上、ここはデートスポットであり、リア充の巣窟だ。そんなところに不慣れな雅人が独りで投げ込まれているのだから、落ち着かないのも無理はない。

 四八分になったところで雅也はスマホをポケットに入れ、腰を上げた。


 ――帰ろう。


 雰囲気に耐えきれなくなり改札へ向かう雅也。しかし、すれ違った背の高い女の子にいきなり手を捕まれた。

 ショーカットの黒髪。くるぶし丈の黒スキニーに、白インナー。灰色のロング丈カーディガンを羽織っている彼女は、不思議そうに首を傾げた。

 長く白い首に目を奪われそうになる。


「どこ行くの?」

「え、いや、ちょっと……」

「帰ろうとしてない?」


 その言葉に若干顔が引きつる雅也を見て、静香は眉を顰めた。


「酷くない?」

「帰ろうとなんかしてないって。ちょっとトイレにね」

「じー」


 まったく信じようとしない静香に、雅也は観念して嘆息した。


「悪かったよ」

「分かればよろしい」


 ちょうど待ち合わせていたカップルがパイプから腰を上げて去って行った。静香はそこへ腰を下ろすと隣を叩く。座れということだろう。素直に従った。


「行かないのか?」

「ああ、うん。ごめん。実は……」

「しーずーかー!」


 前方から小さな物体が静香に衝突した。その勢いで静香の身体が背後へ倒れていく。咄嗟に伸ばした手が、雅也の腕を掴んだ。


「えっ――」


 急に引っ張られた雅也だったが、瞬時にパイプへ足を絡ませ、何とか体勢を保つ。しかし、二人分の体重というのは予想外に重く、身体ごと持って行かれそうになる。まずい。


 けれど、運動神経のいい静香にはその時間があれば十分だった。彼女は己の腹筋で上体を戻した。


「危ないでしょ!」

「ごめんごめん、ついうっかりそこに静香の胸があったから」


 ベロを少し覗かせて自分の頭を小突く少女。大きなため息を吐きながら、静香は雅也に顔を向けた。


「雅也くん、ごめんね。支えてくれてありがとう。この子は安在京子。どうしても来たいって聞かなくて――」

「顔貸せ小僧」


 京子は挨拶もなく雅也の手首を掴み、強引に引っ張り始めた。


「ちょっと京子――」

「静香は待ってて。すぐにコータが来るから」

「え、何で孝多が」


 静香の疑問を笑って誤魔化して、京子は少し離れたところで止まった。


「何だよ」


 手首を握られていることが気恥ずかしくて、雅也は京子から視線を逸らして後頭部を掻く。

 京子は唾を吐く真似をして、雅也を睨め上げた。


「さかるな。殺すぞ童貞」

「一体何なんだよ……」


 京子の手の柔らかさと温もりに照れていることがバレてしまったのだろうかと冷や冷やしつつ、それを隠そうと平気な顔を作ってみせる。

 京子はさらに眉間にしわを作り、雅也の胸ぐらを掴んで引き寄せた。

 ドスの利いた声で言う。


「告白を断っといて、よくもまあノコノコと来られたんよね」

「いや、それには事情があって」

「あ? 言ってみろ」

「それは……」

「ふんっ。あーやだやだ。どうせ、静香の身体目当てなんよね?」

「は、は? そんなわけ……」

「いいかエロガキよく聞くんよ。静香に手を出したら――殺す」


 京子は雅也を解放した直後、先ほどまでの殺伐とした雰囲気が嘘のように満面の笑みを浮かべ、静香の方へ走っていった。

 その背中を見送りながら、雅也はげんなりした顔で息を漏らす。


 訳が分からなかった。

 ただ一つ言えることは、静香に手を出したら確実に殺される。あの目は本気だった。


 帰ろうかとも思ったが、それはそれで殺されそう――社会的に――なので、気が重いまま静香のところに戻る。すると、もう一人増えていた。


 背が高く細身だが、筋肉がついていることは見た目で分かった。いわゆる細マッチョ。黒の短髪で、切れ長の目に凜々しい顔つき。鼻筋が高く、笑顔がやけに爽やかだった。

 京子の頭のてっぺんがちょうど肩に届くくらいなので、彼の存在は一際目立つ。


 雅也はその人物のことを知っていた。


 藤島孝多(ふじしま こうた)。男子バスケ部の部長で、エース的な存在。人気者で、いいやつ。加えて抜群に顔がいい。中性的なイケメンではなく、男性的なイケメンだった。


 知っていると言っても別に友達というわけではない。単に同じクラスだというだけだ。否が応でも目がいってしまう人物。それが藤島孝多という男だった。


 雅也は余計に帰りたい気持ちが増した。静香と孝多はクラスでも華々しい存在で、彼らと親しい京子もその部類に入るはずだ。そんな中に自分という異分子が入るということに、強い違和感があった。


「あ、雅也くん、早く早く!」


 静香に呼ばれて、雅也はようやく止まっていた足を前に進めた。

 役者は揃った。ならば、ここで引き返すことはできない。クラスでの立場を危うくしたくなければ、この場を無難にやり過ごさなければならない。


「よっ、東堂」

「お、おお……」


 普通に名前を呼ばれたことに雅也が驚いている横で、同じように驚く人物がいた。


「え、コータは雅也のこと知ってるん?」


 いきなり下の名前を呼び捨てかよ、という京子へのツッコミを雅也は飲み込む。


「ん? だって同じクラスだぜ? 当たり前だろ?」

「あー、コータってクラスメイト全員の名前を覚えてるタイプだったんよね……」

「引くなよ、普通だろ?」

「だって、雅也」

「……何で僕に振るんだよ」

「絶対覚えてないっしょ?」

「いや、普通に全員の名前言えるけど」


 その言葉に顔を引き攣らせる京子。予想外だったらしい。「へ、へー」という震えた声から察するに、京子はクラスメイトの名前を覚えていないようだった。


「だよな! 東堂とは気が合いそうだ」

「ははは……」


 雅也は愛想笑いを浮かべるが、孝多はニッと屈託のない笑みを浮かべる。眩しさに思わず目を細めそうになった。


 気が合うとは到底思えなかった。人種が違う。

 そもそも、クラスメイト全員の名前を覚えている理由は絶対に違うと、雅也は断言できた。


 おそらく、孝多はクラスメイトだからという理由だろう。一年間同じ教室で学ぶのだから仲良くしたいという気持ちがあるに違いなかった。


 だが、雅也はそんなきれい事ではない。

 生活する上で困らないようにするため。それだけの理由だった。


 例えば、「姫野に渡しておいて」「藤島に聞いて」と言われたとしよう。

 名前を覚えていない場合、発言者に訊き返すか、クラスメイトに訊く必要がある。今のクラスになって数ヶ月経つというのに、その行為は悪印象を与えるに違いない。また、クラスメイトに訊くのもぼっちにとってハードルが高い。


 だが、名前を覚えていればそういった面倒事から解消される。名前を覚えてるというのはぼっちにとって必須スキルなのだ。


 そういった可能性を考慮することなく気が合いそうだと言う孝多は、十分に人が良いと言えるだろう。


 ますます気が滅入る。

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