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昨日の君に、さよなら  作者: WW
第5章
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微笑む君と、このまま 1

 知らない番号が表示されたスマホを見て、雅也は通話とは反対側に指をスライドさせた。電話番号なんて滅多に教えないはずなので、セールスか間違い電話だろうと思った。放置しておくと音が振動がうるさいので、問答無用で切ることにしていた。


 すると再びスマホが振動した。画面を見ると、先ほどの電話番号ではなくて、LINE通話だった。表示されている名前に狼狽し、顔を顰めながら通話を押す。


『何で出ないん? 意味分かんないんだけど?』

「お前かよ……」

『その反応なんなん? せっかくうちが電話してあげたっていうのに』

「嬉しいことじゃないのは確かだ」

『ふーん。誰のおかげでイケメン巨乳美少女静香たんと付き合えるようになったと思ってるん?』

「え、お前のおかげなの?」

『どう考えてもうちのおかげでしょ? うちが静香を唆さなかったら今頃独り寂しく夏休みを寝て過ごすところだったんよ?』

「……否定はしないけど」


 ばつの悪そうな顔をして、雅也は目を泳がせる。

 耳元で大きな笑い声が弾けて、咄嗟に遠ざけた。


「いきなり大きな声だすなよ」

『えー、ごめすごめす』

「ごめすって何だよ」

『ごめんなさいすみませんでしたっていう最上級の謝り文句なんよ。これくらい女子高生の常識なんよ?』

「ごめすごめす」

『ぷっ、なわけないじゃん? さすがに引くわー』

「そうか。じゃあな」

『おーっと、ちょっと待つんよ。これから大事な話が――』

「失礼します」

『あああああああああおっぱい! おっぱいだから!』


 耳元で何度も発せられるおっぱいという言葉に、げんなりした表情で嘆息する。


「おっぱいって言えば興味引けると思ったら大間違いだからな」

『それが静香のおっぱいだと言っても同じ事が言えるかな、小僧』

「…………静香のお、おっぱ、い、が、どうか、したのか?」

『やっぱり気になっちゃう? 気になっちゃうかー。そうかそうか。うんうん。雅也も男の子だったんよね。静香はああ見えておっぱいだけは着痩せするタイプなんよ。うちの触診によれば――Eカップ!』

「ごくり」

『…………ちょっとノリよすぎて怖いわー。どうした? 何かあったん? 相談に乗るよ?』

「何もないよ。むしろあるのはそっちだろ……」


 静香の情報を引き出そうとして欲張りすぎてしまった。恥ずかしい気持ちを抑え、先を促す。


『ああ、うん。静香のおっぱい見せてやんよ』

「そっか。サンキュ…………っ? は?」

『求めよ、さらばおっぱい』


 おっぱいに祈り求めなさい。そうすればおっぱいは正しいおっぱいを与えてくださるだろうの意。転じて、おっぱいを見るためには、与えられるのを待つのではなく、みずから進んで求める姿勢が大事だということ。

 その迷言を残し、電話は切られた。




 *



「干からびそうだ」


 焼けるような熱さにアスファルトが揺らいで見える。手で傘を作らないと前も見ていられないような快晴。それも一四時となれば、灼熱の時間帯だ。そんな時刻に呼び出され、雅也は滲む汗をハンドタオルで拭いながらスマホを確認する。

 もう一〇分過ぎていた。通常であれば何でもない遅れだが、この炎天下の中ではその誤差とも思える時間が異様に長く感じられ、苛立ちが募った。


「あれー、先輩じゃないですか?」


 茶色いツインテールが光を受けてきらめいた。高校の制服よりも短いスカートに、白く細い肩を存分に露出させたオフショルダーのブラウス。水色と白色という爽やかさの中にあざとさをしっかりと入れてくるあたり、さすが有明紗理那だと雅也は思わず感心した。ブラウスなんて、下に引っ張ったら簡単に脱げてしまいそうだし、風が少し吹けばスカートが捲れて下着が見えそうだった。


「あれれ? 今、先輩えっちなこと考えませんでした?」

「か、考えてない」

「いいんですかー? 静香先輩というものがありながら、いくら可愛いとはいえ部活の後輩に手を出すなんて」

「本当に考えてないから! ただ、露出高すぎじゃないかなって思っただけ。スカートとか短すぎでしょ。彼氏に怒られないの?」


 口ごもりながらも指摘すると、紗理那は自分の服装を見下ろして首を傾げた。すぐに手を打って声を上げる。


「先輩先輩! ――ちらっ」

「ば、ばか! こんなところで何を――って、え?」

「んふふ、先輩引っかかりましたね? というか今、普通に見る気満々じゃありませんでした?」

「スカートじゃない……だと」

「スルーですか。まあ、いいです。これはキュロットスカートと言って、一見スカートに見えますが、ちゃんと股下のあるパンツなんです。勘違いする人多いんですよね。なので風が吹いても下着見えないのに、よく視線を感じます。男って馬鹿ですよねえ」

「先輩も男なんだけどね」

「先輩は先輩ですから、大丈夫です」

「お、おう……」


 男、女に加えて先輩という性別が生まれた気がしたが、会話が途切れたので追求するのは控えた。隣に立ってスマホをいじり始めた紗理那に違和感を覚えながらも、雅也は気にせず京子たちを待ち続けた。


 それからしばらくしても紗理那は立ち去らないので、さすがに何かおかしいと雅也は声をかけた。


「え? 何言ってるんですか先輩。私も呼ばれたんですよ。他にも男子バスケ部のメンバーとか来ますよ」

「まじか……」


 見るからに嫌そうに顔を顰めて、雅也は肩を落とす。その様子をケラケラと笑いながら、紗理那は雅也の肩を叩いた。


「冗談ですよ、冗談。来るのは孝多先輩と京子先輩、それから静香先輩ですよ。いつめんって奴ですね」

「お前の彼氏は?」

「彼氏?」


 紗理那は顎に指を当てて、難問でも考えているように数秒固まる。何かを閃いたのか、難しい表情が和らいだ。


「ああ! 遊園地の帰りに別れました。そんな昔のこと急に言わないでくださいよ」

「そ、そうなんだ。イケメンだったのに……」

「いやいや先輩。どんなに顔がよくても駄目なものは駄目なんです。慣れるかなと思って一ヶ月は我慢しましたが、無理でした」


 一ヶ月で別れたのか、という衝撃に身を震わせる雅也だったが、話から紗理那への印象が少しだけ変わった。


「顔より内面か。お前、意外とちゃんとした奴なんだな」

「何言ってるんですか先輩。顔がいいのは当たり前ですよ? いくら性格がよくてもゲロブスとは付き合えません。内面は付き合わないと分かんないんで、ある意味ギャンブルみたいなもんですよね」

「お前、予想通りゴミみたいな奴だな……」

「えー、先輩酷いですぅ。そんな先輩には、おっぱい押しつけちゃいましょうかね!」

「何でそうなるんだよ」

「静香先輩たちに私たちのラブラブ具合を見ていただこうかと思いまして」


 紗理那の視線の方向に顔を向けると、ちょうど静香たちがこちらに手を振りながら駆けて来るところだった。

 この状況でおっぱいを押しつけられていたらと考えると、ぞっとした。一瞬で静香との関係を破壊されかねない。

 恐る恐る紗理那の方を振り返ると、彼女はウインクを返した。


「命拾いしましたね? せーんぱい」


 背筋をなぞられ、悲鳴のような声が漏れる。


「みんな来るからやめて」

「うふふ。戸惑ってる先輩可愛いです」


 紗理那は小悪魔のような笑みを作り、小首を傾げる。

 そのあざと可愛いポーズから目を逸らし、脳内から追いやった。


「さりちゃんごめんね。遅くなっちった」

「全然大丈夫ですよー。先輩と話して時間潰してたんで」

「さりちゃん大丈夫なん? えっちなことされなかった?」

「実は……」


 紗理那は胸を抱いて表情を陰らせた。


「馬鹿、誤解されるようなこと言うな」

「あれ、雅也いたん?」

「お前が呼んだんだろ……」


 額を押さえて嘆息していると、横に気配を感じた。顔を向けると、そこにいたのは静香だった。

 水族館で撮られた画像よりも数倍可愛く見えて、雅也は心が跳ねるのを感じた。


「よっ」


 もう結構仲良くなっていると日記に書いてあったので、できるだけ気軽に話しかける。だが、静香はもぞもぞと口ごもって言葉のようなものを返すだけで、反応が芳しくなかった。

 日記に書かれていた静香の性格とはかなり違うことに雅也は戸惑う。


「あっれー? 静香先輩どうしたんですか? 顔赤いですよ?」

「え、そうかな? そんなこと……ない、よね」


 助け船を求めるという感じで、静香は首を傾げながら雅也の方を見る。だが、目が合うとわずかに顔を赤らめ、逸らしてしまう。何が何だか分からず困惑していると、静香は声を上げて雅也を見つめた。


「そっか。そうだよね」


 一人頷いて、静香は咳払いをした。


「何でもない。じゃあ、揃ったし行こうか」


 元気と明るさに溢れた情報通りの静香に戻り、雅也はほっと胸を撫で下ろす。それと同時に、日記に書かれていた水族館での出来事の一部分を思い出した。


「あ」

「お、どうした東堂。置いてかれるぞ」


 横に並んで顔を覗き込んでくる孝多に、慌てて何でもないことを告げてうやむやにした。


「顔赤いぜ? 大丈夫か?」

「は、肌が弱いんだ」

「そっか。ちゃんと日焼け止め塗っとけよ。日焼け跡は痛いからな」


 適当に頷いて見せて、雅也は先を歩く静香の背中にちらりと視線を送る。

 顔が赤くなったのはもちろん日焼けのせいではなかった。思い出した一節を想像してしまったからだ。


 ――僕らはゆらめくクラゲの星空の下、唇を重ね合わせた。


 お前は詩人かと、雅也はそれを書いた当時の自分を恨めしく思った。

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