初めての君に、どきどき 3
一通り回って、お土産コーナーでお揃いのペンギンのキーホルダーを買った。
雅也はそういったものを付ける趣味はないので反対したが、初デート記念ということで押し切られた。
品山水族館は一周すると最初の入り口に辿り着く構図になっている。通り抜ければ外に出ることができるが、そのまま二周目に突入することもできた。
時刻は既に二〇時を過ぎていて、館内の人もまばらになっていた。夕食は館内にある水中レストラン――メニューは至って普通のイタリアンレストランだった――で済ませている。
さて帰るかと雅也が出口に向かおうとすると、弱い力で袖を掴まれた。
「あのさ……」
伏せがちに口ごもる静香。ぎゅっと目を瞑り、雅也の袖を強く握り締めた。
「もう一回……クラゲが、見たい」
「ああ、うん。綺麗だったもんね」
二人はルート通りに進んでクラゲの部屋に入った。幻想的な景色の中にいるのは二人だけだった。今はちょうど本日最後のイルカショーが行われている。
真ん中の四角い箱のような水槽の前で、二人は光るクラゲを眺めた。
一度目のときは静香のことが気になって集中して見られなかった雅也だが、今回もまた集中できなかった。それは緊張や照れによるものではなく、静香の様子がおかしいからだった。先ほどから落ち着きなく視線を泳がせていて、時折雅也の顔をちらりと盗み見ている。
その状態がしばらく続いて、ようやく静香が口を開いた。
「……楽しかったね」
「うん、楽しかった。全部綺麗だったね」
隣で息を呑む音が聞こえる。やはり変だと、雅也は訝しく思った。
「静香、何かあっ――」
「キーホルダーさ、絶対付けてよね。学校のカバンとかさ」
「いや、さすがにそれは恥ずかしいから」
「駄目。付けといたら、いつだって思い出せるでしょ」
「そう、だね。分かった……」
雅也はようやく気づいた。馬鹿だな、と自嘲の笑みを浮かべる。
きっと静香は証しが欲しいのだ。
二人でデートに行ったこと。水族館に来たこと。この景色を見たこと。笑い合ったこと。
それは静香の心には残るけれど、雅也の心には残らない。
だから、せめて。同じキーホルダーを付けることで、記憶の代わりに残しておきたいのだ。
今日が終われば、雅也はこの出来事を忘れる。水族館に行ったことは覚えているかもしれない。けれど、誰と行ったかは覚えていないだろう。そうしたら、きっとこんなに綺麗な景色としては記憶には残らない。
「静香」
「なに?」
「また、来ようね」
「何度でも、一緒に来てあげる」
「ありがとう」
心が温かく、何かが滲んでいくように思えた。
「ねえ、雅也くん」
「ん? な――」
顔を静香に向けると、唇に柔らかいものが触れた。電気のようなものが走り、身体がびくりと震える。瑞々しく、張りのある唇。脳髄が蕩けるような感覚。重なり合った唇がゆっくりと離れていき、甘い息が漏れる。
目が合って、二人して逸らした。
雅也は太鼓のように音を立てて跳ねる心臓を鎮めるために息を整えようとするが、そもそも普段の呼吸の仕方が分からない。この音が聞こえてしまわないだろうかと、不安がよぎる。顔が熱い。耳まで赤くなっている。薄暗いおかげでそれが見えないのが救いだった。
「今の、ファーストキスだから」
自分もそうだと言おうとして、雅也は押し黙る。
ファーストキス、だと思う。思いたい。もしかしたら忘れているだけで、もうキスしたことがあるのかもしれない。その考えがよぎって、言葉が喉の奥に引っ込んだ。
「いいの。……私はこれがファーストキスだから」
ファーストキス。初めての口づけ。一生に一度だけ。ただ一人にだけ。忘れられない、大切なもの。
彼女の言葉の意味を理解できないほど雅也は鈍感ではない。
だからこそ、心が軋むように痛んだ。それさえも、明日になれば――。
――ああ、忘れたくない。




