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昨日の君に、さよなら  作者: WW
第4章
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初めての君に、どきどき 1

 屋上への階段を上る。扉が開かない方だ。

 雅也はスマホを取り出して、LINEの文面を見た。


『私はあなたの彼女です。お昼ご飯を一緒に食べましょう。いつもの屋上で』


 添付してある自撮り写真を見て、一度立ち止まった。照れくさそうに上目遣いで撮っているところを見ると、自撮り慣れしていないように見えるが、フェイクの可能性もある。


 だって、可愛いのだ。

 ボーイッシュな感じではあるものの瞳が大きく、可愛い要素も備えている。こんな女の子が自分と恋仲なんて、信じられるだろうか。

 このまま踊り場までノコノコ出て行って、実はただの罰ゲームでしたという展開はないだろうか。不安がよぎる。


 ただ、机にデカデカと貼ってあった『姫野静香は僕の彼女』という紙に書かれた文字を見る限り、真実のように思えた。昨日の自分の頭がおかしくなければ、だが。

 両親に部屋に入られでもしたらいい笑い種になるので紙を剥がそうとしたが、テープのところに剥がすの禁止という自分以外の字で書かれているのを見てやめた。一応、事の顛末は机に置かれた日記に書いてあった。


 階段を上りきると、陰に女の子が座っていた。それは正真正銘画像の女の子で、雅也は少し安心する。画像よりも凜々しい。女子から人気のあるタイプだろう。


 視線に気づいた静香は手招きして自分の隣を叩いた。

 雅也は恐る恐るといった感じでそこに腰掛ける。人一人分空けたのだけれど、静香がその隙間を詰めたせいで密着してしまった。


「え、近い……」

「付き合ってるんだから当然でしょ?」


 とびっきりの笑顔でそう答えられると離れ難い。

 雅也は観念してこの状況を甘受することにした。


 表情を見て、余計に自分には不釣り合いなのではないかと雅也は思った。快活そうな笑顔。明るい性格。凜々しい横顔。それでいて、ちょっぴり照れくさそうな表情。そのどれもが、夢を見ているのではないかと思わせるには十分だった。


「どうしたの?」

「いや、何でもない。それで、その……」

「あ、えとね。じゃーん! 手作り、の……お弁当」


 照れながら出すところが可愛い。雅也は差し出された弁当よりも静香の表情に目が行ってしまう。はっとして、気づかれる前に顔を背けた。


「ありがとう。空けていい?」


 声が震えないように注意して、弁当箱に手を伸ばす。プレゼントでも開けるような自分セリフをおかしいと思った。蓋を外すのに大きな音を立ててしまい、静香がくすくすと笑う。


「な、何だよ」

「そんなに緊張しなくてもいいんだよ?」

「してないから……」


 手が震えないように力で押さえつけようとすると、余計に震えた。何だこの身体はと歯噛みする。その様子を嬉しそうに眺める静香に抗議に視線を送る。


「昨日も同じことしてたよ?」

「嘘だろ……」


 真っ赤になる顔を両手で隠す。ああ、消えたいと思ったところで、おかしな点に気づいた。


「あれ、補習って今日からじゃ……」


 体育祭が終わり、今は夏休み中だ。ただ、沢見沢高校では期末テストで赤点を取った者に対して補習が義務づけられている。それに出席し、再テストに合格することで赤点を免れることができるのだ。

 今日はその初日。雅也は英語と数学の補習だった。


「あ、バレちゃった?」


 ジャージ姿の彼女は、後頭部を掻きながら楽しそうに笑う。


「僕の記憶障害で遊ぶのやめてくれる?」

「えー、いいじゃん。彼女だし。私のことが好きだから忘れちゃうんでしょ? つまり、忘れてたら私のことを好きになったってことだよね」


 言い返そうとして言葉につまり、雅也は顔を背けた。顔だけでなく耳まで熱くなる。


「よく恥ずかしげもなくそんなこと言えるな」

「だって、嬉しいんだもん。けど、本当は悲しむべきなんだよね。私のこと、覚えてないんだもんね」

「……ごめん」

「いや、別に謝ってもらおうと思ったわけじゃなくて……とりあえず、食べよっか」

「そうだね」


 雅也はケースから箸を取り出して、手を合わせる。弁当箱の中身は白米に梅干し、卵焼きにタコさんウ

インナー、鶏の唐揚げ、ポテトサラダにプチトマト。


「あと、これデザートね」


 静香が小さな容器の蓋を開けると、中にはうさぎの形をしたリンゴ。


「僕は小学生か……」

「え、嫌だった? おかしいな……彼氏が喜ぶお弁当ってサイトに書いてあったのに……」


 眉尻を下げ、しょんぼりと落胆する姿に胸が痛んだ。


「まあ、美味しそうだけど」

「ほんと? 手料理食べさせるの初めてだから、うまくできたかは分かんないけど」


 憂い顔は見る影もなく、ぱっと花が咲いたように静香は笑った。

 なるほど、昨日までの自分は馬鹿ではないらしい。

 雅也は早速、卵焼きに箸を伸ばした。


「……何?」

「あ、ううん。何でもない」


 そう言ってふるふると首を振る静香だが、すぐに視線は雅也の手元に向けられる。正確には、その箸が挟んだ卵焼きだ。動かすとそれについてくる。胸元で包むように握り締めた両手を見る限り、雅也の反応が気になって落ち着かないのだろう。

 そのことがひしひしと伝わってきて、余計に食べづらい。このまま硬直状態に陥ると事態は悪化する可能性が高いので、思い切って口に運んだ。


「…………どう?」


 静香の不安げな瞳が揺れる。祈るように組まれた手が目に入り、プレッシャーを感じた。

 これは生半可な感想ではがっかりさせてしまう。

 口の中の卵焼きを呑み込むまでの時間がタイムリミットだ。熟考に熟考を重ねるも、結局出てきたのは月並みな一言だった。


「美味しい」

「ほんと?」


 身を乗り出して急接近する綺麗な顔から、身体を反らして遠ざかる。それでも限界はあり、静香の吐息に心臓が一段階跳ね上がった。甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 拳を握り締め、息を止めて雅也は力強く頷いた。それで満足したのか、安堵の表情で静香は息を深く吐き出した。


「よかったー」


 雅也もそれでようやく呼吸を再開した。こちらも胸を撫で下ろす。あのまま息をしていたら、きっと理性が破壊されていた。


「ねえ、補習に合格したら、水族館行かない? ……二人で」

「う、うん……」


 二人で、の部分を静香が照れくさそうに言うので、雅也も返答に照れてしまった。その気恥ずかしい雰囲気を吹き飛ばすように、静香が大きな声でガッツポーズした。


「よし、決まり!」


 帰ったらすぐに机に貼り紙をしようと、タコさんウインナーを口に運びながら思う。

 どういうわけかタコの足が一〇本あったことは、見なかったことにした。

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