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昨日の君に、さよなら  作者: WW
第3章
12/28

失う君に、何度でも 3

 *


 体育祭当日。

 雅也は休みたい気持ちでいっぱいだったが、出なければならない種目と美化委員の仕事があるため、憂鬱な気持ちで登校した。


 雲一つない快晴。太陽の光が容赦なく降り注ぐ。それでも例年に比べれば気温は低い方で、絶好の体育祭日和だった。


 昨日で期末テストが終わり、今日が夏休み前の最後の登校日だ。

 明日から休みなせいか、体育祭は異様な盛り上がりを見せていた。

 球入れや綱引き、障害物競走など様々な競技が多くの声援とともに行われていく。勝ったチームは歓喜し、負けたチームは励まし合いながら次の種目へ気合いを入れる。


 雅也は騎馬戦に参加した。人数合わせで入れられたので、もちろん馬役だった。これといった活躍はなく、応援席に戻る。


「お疲れ」


 あまり人のいないところに座ったのだが、それが災いしたのか誰かが隣に座った。

 雅也は漏れそうになったため息を堪える。

 喋る心構えをしていないときに話しかけられると、すぐに口が開かない。とりあえず返事はしておくべきだろうと声を捻りだした。


「あ、ああ……お疲れ」

「負けんの早すぎだろ」


 そんなことを言われても自分が騎手だったわけではないので困る。そう言おうとして、やめた。相手の表情からその話題が単なる導入に過ぎないと分かったからだ。


 激戦を繰り広げる棒倒しを観ながら、雅也は口を閉ざした。

 棒の先に男子生徒が飛び乗って、大きく傾いた。それでも何とか持ちこたえようとするが、人が次々に棒へ群がる。防御を捨てて一斉攻撃に転じたのだ。ついに棒は倒された。


「京子から聞いたんだけど、静香が一位になったら付き合うのか?」


 あのクソお喋りめ、と心の中で毒づいてから雅也は嘆息する。勝手な約束だが、してしまった以上は守らなければならないと思っていた。


「約束だから。一位にならないことを祈ってる」

「ははは、酷い奴だな東堂は」


 けどよ、と前置きして、孝多は不敵な笑みを浮かべる。


「静香は負けず嫌いだから、一位取るかもしれないぜ」


 あからさまに嫌そうに雅也が顔を顰めると、孝多は追い打ちをかけた。


「ちなみに、去年の四〇〇メートル走の一位は静香だぜ」

「マジかよ……」


 がっくりと肩を落とす雅也。その背中をぴしゃりと平手打ちが襲う。


「殺すぞ、クソガキ」

「いてえよ……」


 雅也を挟むようにして、孝多の反対側に京子が腰掛ける。


「まったく……まさか本当に一位になったらって条件で何かさせるとは思わなかったー。言わなきゃよかったー」

「お前のせいか」


 この世の終わりのように雅也は頭を抱える。


「冗談のつもりだったんよ? 静香にそんなことを言う勇気ないと思ってたんよねー」


 雅也は京子を睨んだ。


「というか、お前はそもそも僕と姫野が付き合うの反対だったんじゃないのかよ……」

「てへ」


 京子は舌を出し、頭を小突いて誤魔化そうとする。

 雅也が深く深く嘆息すると、京子は雅也の肩に肘を置いて、宥めるように口を開いた。


「安心しろ。俺たちの希望はまだ潰えていない」

「誰だよお前……」

「まあ、聞くんよ。なんと今回、四〇〇メートル走に――――陸上部のアッキーが出る」


 いまいち反応が鈍い雅也に、京子は顔を顰める。


「まあ、聞くんよ。なんと今回――」

「それは分かったから。そいつは速いのか?」


 壊れたレコーダーのように繰り返そうとする京子を雅也は遮った。

 京子は鼻で笑い、それでももったいぶる。


秋月(あきつき)は確か、静香と同じくらいじゃなかったか?」


 それを無視して、孝多が横から口を挟んだ。

 京子は孝多に抗議の目を向けながらも、腕を組んで決め顔をする。


「ちっちっち。静香の方が少しだけ速い」

「駄目じゃん……馬鹿なのかよおま――ぐへっ」


 腹に拳を叩き込んで強制的に雅也を黙らせた京子は目をギラリと光らせる。


「最後まで話を聞くんよ。……うちに必勝法がある」

「……どんな?」


 雅也は腹を押さえながら絞るような声で問う。


「四〇〇メートル走はトラックを一周する。つまり、静香は必ずうちらの目の前を通る。その瞬間に勝負を決めるんよ」

「具体的にはどうすんだ?」


 興味津々な様子で孝多が身を乗り出した。そのせいか京子は興が乗ったようで、足を組んでふんぞり返る。


「静香が本気で走ったとき、どうなる? ――そう、おっぱいが揺れる」


 何とも反応しにくいワードに、雅也も孝多も口を閉ざした。


「ふんっ。おっぱい程度で盛るな童貞ども」

「いや――」

「いいか! そのときにおっぱいと叫べば! 静香は! 恥ずかしくて赤くなって最高に可愛い!」


 何か言おうとした孝多を遮って、京子が熱弁を繰り広げる。

 どちらに突っ込むべきか雅也は迷い、結局口を噤む。


「そうなったらどうなる? 静香のファンは増え、ついでに足が鈍るはずなんよ! そしたらアッキーが勝つ。アッキーはおっぱいないからね! 名付けて、おっぱい大作戦!」


 大作戦の大は静香のおっぱいが大きいこととかけてるんよ、という要らぬ情報を脳内から消して、雅也は癪だが納得した。

 作戦自体は下劣極まりないものの、確かにこの観衆の中でおっぱいなどと叫ばれたら、嫌でも意識してしまうだろう。全力で走れば胸は揺れてしまうので足を緩めざるを得ない。完全に足を止めずとも、一瞬だけでも躊躇えばいいのだ。


 京子に軽蔑の眼差しを向けつつ、雅也は感謝した。これで面倒事からおさらばできる。

 同時に、こんな友人を持つ静香を哀れんだ。


 そうして、運命のときがやってきた。



 *



 スターターピストルの音が高らかに響く。

 一斉に白線を越えて選手が飛び出した。走者は六人。

 だが、スタートの時点で二人の選手が頭一つ抜けた。


 静香と、アッキーこと秋月だ。


 ショートカットの静香よりも短いベリーショートの女の子が秋月。静香よりも細く背が低いが、非常に力強い走りだった。最初のカーブの時点で他を引き離し、二人の接戦が繰り広げられる。

 それでも前に出たのは静香だった。静香の方が背が高い分ストライドが広く、バスケ部で鍛えられた瞬発力のおかげかピッチも速い。


 その真剣な表情に雅也は息を呑んだ。


 歓声が上がる。それは主に女子生徒からだった。

 男子生徒はみな一点に視線を集め、応援に力が入っていない。


 すぐ後ろを行く秋月は冷静そのものだった。陸上部なのに抜かれた、という焦りはどこにもない。それはつまり、まだここが勝負所ではないということを意味していた。


 トラック半周――二〇〇メートルの時点でもまだ静香が優勢。

 だが、ここから秋月がピッチを上げた。開いていた距離が縮まっていく。逆に静香のスピードがわずかに落ちていく。


 最後のカーブ――三〇〇メートルの時点で秋月が静香のすぐ後ろまで迫る。

 それはちょうど雅也たちの目の前だった。


 おっぱい大作戦は不発に終わる。


 その場にいた誰もが口を半開きにして見入っていた。

 己の全力をかけた競い合い。その真剣勝負を前にして、茶々をいれることなどできやしない。


 最後の直線。

 秋月がついに並んだ。わずかに顔を横に向けた静香は、最後の力を振り絞ってラストスパートをかける。


 最初に生まれていた差は単に二人の作戦が正反対だったことによるものだった。

 静香は最初から何も考えずただひたすらに全力。

 秋月はペース配分を考えて最後に全力。

 結果、同程度の実力である二人は最後に並んだ。

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