失う君に、何度でも 1
月曜日になると今週が始まったという気分になる。かといって清々しい気持ちには到底なれない。むしろ、休みが明けてしまったという虚無感の方が大きい。
雅也は欠伸を噛みしめて午前の授業をやり過ごすと、席を立った。
昼休みになると雅也の席は女子グループが昼食を摂るのに使われるため、居場所がなくなる。居座ってもいいのだが、どうせ退くように言われるので先に立ってしまう方が賢明だ。
沢見沢高校には学食がない。その代わりに購買があり、昼食の時間になると外部から販売員がやってくる。近くにコンビニがあるが、そこまで行くのは面倒なのでいつも購買で済ませている。
母親からは弁当を作ると言われるが、その度に断っていた。一人で弁当を食べるのは少しだけ息苦しい。
購買はいつも賑わっている。そのため、早く行かないとめぼしいものは売り切れてしまう。雅也と同じように手近で済ませようという者が多いせいだ。
最後の一個だったメロンパンと昆布のおにぎり、バナナオレの紙パックを購入して、階段を上る。
購買のある一階から屋上まで上がることに毎回辟易するのだが、そこしか食べる場所がないので仕方がない。
沢見沢高校には屋上が二つある。校舎がコの字になっており、向かい合わせに屋上がある。片方の屋上はフェンスを新しくしたので開放されたが、もう片方は改修工事が間に合っていないため、立ち入り禁止になっていた。
解放されている方の屋上は人気の昼食スポットで、多くの生徒が歓談しながら食事を楽しんでいる。しかし、もう片方は屋上に出られないので、まったく人気がない。なので、そこは絶好のぼっちスポットだった。
屋上の扉の前に踊り場があり、そこで昼食を摂るのが雅也の常だった。ある日、購買から帰ると席が奪われており、構内を彷徨ったあげくそこに落ち着いた。これまで誰とも鉢合わせたことがなく、落ち着いてご飯を食べることができた。
しかし、階段を上りきろうとしたところで先客がいることに気づいた。しかも、それは知っている顔だった。
黒髪のショートカット。スマホを眺めながら、鼻歌を歌っている。いいことでもあったのだろう。雅也に気づいた様子はない。
雅也は気づかれないように抜き足差し足でその場から去ろうとするが、一歩目を踏み出したところで背後から声が上がった。
「あ、やっぱり来た。ここで待ってて大正解」
まさか自分を待っていたのだろうかと、疑いの眼差しを向ける。だが、合っていたようで笑顔で手招きをされた。無視するわけにもいかず、雅也は階段を上っていく。
「何か用か?」
「一緒にご飯食べよ?」
「断る」
にべもない返事をして踵を返したところで、静香の不穏な声が届いた。
「いいのかなー?」
「何が?」
ぬっと迫る静香。雅也は退こうとして、ここが階段であることに気づく。精一杯身体を反らしてできるだけ距離を取ろうとするが、日頃鍛えていない背筋ではすぐに限界が来た。
身体が後ろへ傾こうとしたところで、静香の手が伸びた。雅也のネクタイを掴むと、ぐっと引き寄せる。
「お化け屋敷で私に抱きついたよね?」
「……え」
反応が鈍い雅也に、静香は毒牙を抜かれて声も出ない。
一拍の間を置いて雅也は声を上げた。後頭部を掻きながら、静香から視線を外す。
「あー、そうだったそうだった」
静香は頭痛に苦しむようにこめかみを押さえ、眉間にしわを寄せる。
「え、待って待って」
「いや、本当にごめん」
「ちょっと黙って」
強い口調に、雅也は言葉に詰まった。
「あのさ、今、完全になかったことにしようとしてなかった?」
「そんなわけないだろ。姫野さんの身体めちゃくちゃ柔らかかったよ」
「ひめの、さん……」
静香は一歩下がって腕をだらりと下げた。扉に背中をもたれかけ、鋭い眼差しで雅也を睨みつける。
「なんで?」
「何でって言われても……」
「私、何かした? 遊園地は結構良い感じでいられたし、LINEでも楽しかったって言ってたじゃん」
目尻に浮かんだ光を拭い去る。淡い桃色の唇を噛みしめ、赤く滲んだ。
「嫌なら嫌って言ってよ! そんな回りくどいことしないで!」
声が反響する。ついにこぼれた涙は、頬に綺麗な線を描いた。
瞳を開いたまま流したその光に、雅也は息を呑んで目を逸らした。
口を開いた静香だったが言葉は出ず、力なく俯いた。そのまま一言も発さず、雅也の横を通り抜ける。
静香は振り返ることなく階段を下りていき、雅也はその後ろ姿が消えるまでただ眺めていた。
「あ」
彼女がいたところにぽつんと置かれた藍色のポーチ。嘆息して雅也はそこに腰掛ける。
わずかに香る甘く爽やかな匂いに混じって、美味しそうな匂いが漂う。
「これ、どうしようかな……」
静香の置いていった弁当箱を一瞥して、雅也はため息交じりにメロンパンを頬張った。




