知らない君を、僕は待つ
じんわりと肌を焼くような熱が、アスファルトの照り返しで襲いかかる。まだ夏ではないというのに、せっかちな日差しがその想いを遺憾なく発揮していた。
目の前を人が通る度に、そわそわした様子で視線を送る。
駅前にある広場のような空間には多くの人がいた。そのほとんどが自分と同じように誰かを待っているのだろう。
――僕の待ち人はどんな人なのだろう。
何組ものカップルが顔を合わせ、その瞬間に笑顔を咲かせる。待った待ってないだの言い合いながら歩き出す。その都度、空いた穴を埋めるように新しい人が改札から出て来る。
待ち人が来ると、またどこかへ行ってしまう。
それを見送りながら自分にも待ち人がやってくるのだろうかと、彼は不安になる。
誰も来なければ滑稽だ。身体の奥底から羞恥が込み上げる。ショルダーストラップを握りしめて、なんとかそれに耐えた。
スマホを見る。もう待ち合わせの時間を過ぎていた。落ち着かない。無意識に視線が泳いでしまい周囲から不審がられやしないかと不安が募る。
待ち人なんて妄想だったのかもしれない。誰かの悪戯だったのかもしれない。
それでも、もう少し待とうと思った。信じたかった。
改札から放出される何十回目かの人波。その中の一人と目が合った。見覚えはない。
それでも彼女は真っ直ぐこちらに向かって来る。
その足取りに迷いはなかった。
――お待たせ。
そんな言葉が彼に掛けられる。
やはり、知らない人だ。
肩口まである黒髪に、少し化粧した綺麗な白肌が映える。濃紺のマーメイドスカートから生足の膝小僧が見え隠れしていた。ヌードカラーのシフォンブラウスから覗かせている白い肩が彼の心を高鳴らせる。その服装は聞いていた印象とかなり違っていた。
あどけなさの残る大きな瞳は彼女自身の爪先に視線を落としている。その頬はわずかに紅潮しており、その姿が可愛らしく思えた。
まさかとは思いつつ、彼は彼女に声を掛ける。彼女が待ち人であるならば自分はなんて幸せな奴なのだろうと感情を高ぶらせながら。
隣に並ぶ彼女から仄かに漂う香りには覚えがあった。ピオニーの香りだ。バラのような甘さに、爽やかな香りが混じっている。
これを嗅ぐのは、初めてではない。
ぎこちなく繋いだ手から伝わる温もりを、覚えているような気がした。