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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

殺し屋殺しの殺し屋

作者: 湖城マコト

「はあ、今日も疲れたな」


 丸眼鏡にぼさぼさ頭、口元には無精髭という野暮ったい外見の青年が、溜息をつきながら夜道を歩いていた。

 時刻は深夜二時過ぎ。仕事の終わる時間にはばらつきがあるが、今日はわりとは早く帰れたほうだろう。


「……近道するか」


 少しでも早く家に帰ろうと、青年は深夜の児童公園を突っ切ることにした。公園を迂回するよりは、五分くらいは早く家に帰れるはずだ。

 深夜の公園に近づきたい者はそう多くは無いだろうが、青年は夜中の公園の空気感が好きだったし、怖がりでも無かったため、躊躇なく公園へと立ち入った。


 だが、公園の中心部に差し掛かったところで、青年一人かと思われた公園内に、別人の気配が現れる。


「わざわざ人気の無い場所に入るとは、手間が省けたよ」


 後方から野太い男の声が聞こえ、青年は振り返った。

 男は二メートル近い長身に筋骨隆々の肉体。服装はブラックのスーツで決め、夜中だというのにサングラスを着用していた。いずれにせよ、夜中の公園には似つかわしくない姿と存在感だ。

 

「な、なんだよ」


 思わぬ事態に青年はやや動揺する。夜間の公園でこれだけ厳つい男に声を掛けられたのだ。いやでも警戒心が強まる。


「君に恨みは無いが、これも仕事でね」

「はい?」


 青年は素っ頓狂な声を上げて、男が懐から取り出した黒い物体を凝視した。

 男が右手に持つ物。それは黒光りする拳銃だった。

 

「まさか、殺し屋?」

「ほう、殺し屋に狙われる心当たりがあるとは、君もなかなか」


 青年の読み通り、大男の正体は殺し屋だ。金さえ摘ままれればどんな相手でも確実に始末する。

 依頼主と目の前のターゲットの関連性など大男は知らないし、知ろうとも思わない。余計な感情は持ち込まず、目の前の野暮ったい男を撃ち殺し、依頼を果たす。ただそれだけだ。


「では、お別れだ」


 大男が拳銃の引き金に指を掛け、青年の眉間に狙いを定める。大男の腕前は一流だ、仕損じることなど有り得ない。


 瞬間、一発の銃声が響き渡る――


「なにっ――」


 大男は心臓部を銃弾によって打ち抜かれ、服を鮮血で染めていた。状況が理解出来ず、大男は目を見開いたままその場に崩れ落ちた。

 数秒間、大男の体は痙攣していたが、次第に動かなくなり、生命活動を停止した。


「た、助かったのか?」


 大男が銃弾に倒れたのは、青年に向かって引き金を引く寸前だったため、青年は無傷だ。

 銃声が聞こえた時にはもう駄目だと思ったが、どういうわけか死んだのは自分を狙ってきた男のほうだった。


「命拾いをしたな」

「えっ?」


 突如として現れた三人目の声。

 青年の後方の茂みから、白いトレンチコートに身を包んだ顔の堀りの深い、日本人離れした顔立ちの中年の男性が姿を現した。


「殺し屋が隙を見せるなど、愚の骨頂だな」


 トレンチコートの男は、物言わぬ屍と化した大男を侮蔑するように見下した。これまで多くの殺しを成功させてきたという自負が慢心となり、大男は警戒心を削いでしまった。まさか、自分が狙われているとも知らずに。


「あの、あなたは?」

「殺し屋殺しとでも言っておこうか。安心したまえ、君に危害を加えるつもりは無い。私の目的はこの男を殺したことで達成された」


 殺し屋殺し。その名の通り、トレンチコートの男の正体は、殺し屋を殺すことを専門とした殺し屋だ。

 殺し屋への復讐を願う遺族からの依頼、敵対組織に所属する殺し屋を始末してほしいというマフィアからの依頼、殺し屋に狙われる者からの、自分を狙う殺し屋を先に殺してくれという専守防衛的な依頼など、仕事内容は多岐に渡る。

 

「よく分かりませんが、助けていただき、ありがとうございます」

「……私には君を助けるつもりなど無かったのだが、礼は素直に受け取っておこう。それと、このことは他言無用で頼むよ」


 青年に背を向けたまま、トレンチコートの男はそう念を押す。


「そのことなら心配無用です……あんたは先のことなんて気にしないでいい!」

「がっ!」


 不意に後方に気配を感じた瞬間、トレンチコートの男の背に激痛が走る。

 痛みの正体は背に突き刺さったサバイバルナイフによるものだった。


「殺し屋が隙を見せるなんて、愚の骨頂ですよ」


 嘲るようにそう言うと、青年はトレンチコートの男の背に突き刺したナイフを抜き、再び突き刺す、それを何度も何度も繰り返す。


「貴様……何も……の――」


 十数回滅多刺しにされ、トレンチコートの男の意識は、二度と這い上がれぬ闇の底へと落ちていった。


「俺も殺し屋だよ。今回の依頼は殺し屋殺しを殺せって依頼でね」


もう聞こえていないだろうと思いながらも、冥土の土産のつもりで青年はトレンチコートの男の最後の問いに答える。

 青年はフリーランスの殺し屋で、殺しの仕事なら内容を問わず何でもこなす。

 今回の依頼はある闇の組織からのもので、所属する殺し屋を何人も葬ってきた殺し屋殺しを殺してほしいという内容だった。

 そこで青年は、殺し屋殺しが次に狙う可能性が高いと思われた大男に身分を偽って依頼を出し、あえて自分を狙わせた。殺し屋が最も油断するのはターゲットを仕留めた直後、それは殺し屋殺しも例外では無いはず。その油断をもたらすための生贄が必要だったのだ。

 そして青年の狙い通り、大男を仕留めた後のトレンチコートの男は無防備だった。まさか、殺し屋に狙われた一般人もまた殺し屋であり、自分を狙っているのだとは夢にも思わずに。


「……まさか、俺を殺そうともう一人忍んでたりしないだろうな?」


 周囲の気配を敏感に感じ取るが、怪しい動きは無い。殺し屋殺しを殺した殺し屋を殺そうとする殺し屋は、流石にいないようだ。


「さてと、帰るとするかね」


 公園内に二人の殺し屋の死体を残し、青年は帰路へと着いた。

 

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