精霊はひょっこりやってきた
「またかよ……」
僕は嘘が嫌いだ。嘘を平然と吐くやつは以ての外である。誇大表現をする奴も好きになれない。
それは下で屯っている連中も変わらない。「出張が入った」と言っておきながら与太話に興じているのだ。彼らは上から見られていないと思っているのか。それとも舐められているのだろうか。どちらにしろ空中に愚痴を投げ掛けている内は続くような気がした。
4月1日、唯一嘘が許されるという正月。ここまで憂鬱な気分にさせてくれる日はそうそうない。デジタル時計を何度も見るが、凶日だと言うことには変わりはなかった。天井に投げつけることだけは勘弁し、布団にぶつける。
視線を落とし頭を抱える。出来れば外に出たくないのだが、流石に無断欠席をする気にはならなかった。
眠気眼を強くこすり、リモコンのスイッチを押す。
NBK曰く空を飛ぶビルが政府主導の元開発されたらしい。空気抵抗を逆位相で遮り、音速で飛行するらしい。日本の変態技術は相変わらずガラパゴスだとリポーターは伝える。
番組を切り替える。ペンギンは氷の中をドリルのように貫く映像が流れる。
4と書かれたボタンを強く押しつける。最近のあんまんはゆっくり分身するとのことである。
5と表示されている突起をすり潰す。遂に二次元に入り込む方法が発見されたとのテロップと共にごつごつとした一部屋サイズの筐体が示された。低反発素材をふんだんに使用し小型のイヤホンから電波を流し込むとのことである。
実にくだらなかった。明らかに嘘であると分かるだけ有情なのかもしれないが、どうしてこんなことを流す必要があるのか理解ができない。
「どこの誰がこんな日を喜ぶんだよ」
一年の間溜め込んでしまっていた怨念の塊であった。取り付けの悪い窓がぐらぐらと揺れる。
「そこの『こんな日なんて消えてくれ!』と言っている方に言いたいことがあるのですが……」
「朝から一体なんの用だ。押し売りなら帰ってくれ」
自身のなさそうなおどおどとした口調の奴が返事をする。嘘八百で騙す商人にでも居留守がバレたのだろうか。不貞寝したい気分になってきた。
「大体ですね、わたしみたいにこの日が一番大切な人もいるんですよ。それなのにあなたって人は」
少し強く言っただけで、さえずりの様な声の主は怒りを露わにしていた。訪問業者にしては些か沸点が低すぎるような気もする。
「って聞いています? 不貞寝したいという思いが聞こえてくるのですけど」
邪魔。
伝家の宝刀を机から取り出し耳に装着する。遮音効果に優れたとっておきの一品である。触り心地も気持ちよく、価格に見合う商品であった。
「無駄ですよ。そんなもので遮られるほどやわな存在じゃないですから」
声の主にあざ笑われる。かつて幾度も業者から金銭を守ってきたこいつだったが、今回の相手には全く通用していなかった。
「あんたは誰だ。どこにいる」
着けていても無駄だと判断し、耳栓を外す。同時に五月蠅いニュースが聞こえる。スイッチ一つ押すだけで、テレビは沈黙した。
「今あなたの後ろにいます」
振り向くと子供がいた。飾り程度のふわふわとした羽が背中を貫き、あどけない素顔が笑みをふりまく。
とりあえず枕を投げる。枕はそいつを貫通し、壁にぶつかりぽすっという軽い音を鳴らした。
「何をするんですか!」
ホログラムのようにすぐに元の姿に戻る。だが驚きと怒りに顔が染まっていた。現状を推測するに彼女は僕の幻覚である可能性が一番高いのだろうか。
「出来心だ」
「出来心でそんなことをしないで下さいよ!」
ぷんすかと頭から蒸気を出す。
「名前は?」
薬物治療でもしない限り長い付き合いになるかもしれない。その為にも適当な呼び名くらいは知っておきたかった。
「わたしはこういう精霊です」
そう言って一枚の紙をポケットから取り出す。容姿に見合っていない無骨な名刺には『四月一日の精霊 コトとでも呼んでください』とだけ記されていた。
「コト、か。まず少し声のトーンを抑えてくれないか。さっきから頭が痛い」
「別にいいじゃないですか!」
表情がコロコロ変わる。幼稚で無垢なコトの姿は、僕の幻影には思えなかった。