後悔と決意
三宅が高橋を連れ、署内を飛び出したのはある情報が入ってすぐだった。
『東京湾沿岸の廃倉庫で指名手配犯が潜伏しているとの情報が入った。ただちに、現場に急行せよ』
約百キロ近くのスピードを出す三宅の運転に、高橋はシートベルトを強く握りしめていた。
「三宅さんは、この情報が本当だとお思いですか」
「高橋はどう思う」
前を見ながら三宅は高橋に答えた。
「自分は、この情報が信じられません。もし、この情報が本当ならあいつらが生きているということになります」
高橋は眉間にしわを寄せながら、三宅の横顔を見つめた。
「あの時、上の人間は奴らは死亡したと発表しました。現に、あれ以来姿を現していません。三宅さんは、どうしてそこまで執着するんですか?」
執着という言葉を聞き、三宅は口を開いた。
「俺は、奴らが死んだとは思っていない、思いたくないんだ。執着するのは、あいつらを自分の手で捕まえなければならないからだ」
今から十年前、国内で最大級の医療施設・都立総合医療センターで無差別大量殺人事件が起きた。
病院にいた一般人や関係者、現場に出動した警察官合わせて約三百人の命が奪われたこの事件。三宅は当時交番勤務の新人警官だった。この事件の要請が入り、現場に向かい病院内に突入した三宅は地獄の光景を見る。
窓ガラスは割れ、物が散乱し、白い壁や床には大量の血が飛び散っていた。
そして、たくさんの人が血まみれで見るも無残な姿となり倒れていた。その中には、同僚の姿や上司の姿もあった。
よく知る人物が目の前で無残に殺され、かすかに聞こえてくる悲鳴やうめき声。
自分も重症の怪我を負っていた三宅はどうすることもできないまま、痛みに耐え薄れていく意識を保つので精一杯だった。
目が覚めると三宅は病院に運ばれ、一命をとりとめていた。しかし、この事件で生き残ったのは自分ただ一人だった。
「どうして俺だけが…、どうして!」
あの地獄のような情景が頭から離れず、毎夜毎夜うなされ続け精神的に追い詰められた三宅は何度も自殺を図ったが死ぬことはできなかった。
ある時、亡くなった直属の上司の妻が三宅のもとを訪れた。
「主人からあなたの話をよく聞いておりました。よく生きていてくださいました」
とてもきれいな笑顔を向ける彼女に、三宅は何度も何度も頭を床にこすりつけながら謝り続けた。
「三宅さん、約束していただけますか?」
頭を下げていた三宅の耳に、小さく震える声が聞こえた。顔を上げると、先ほどまでの笑顔は消え、大粒の涙を流した彼女が三宅の手を握りしめこう言った。
「お願いします、必ず犯人を捕まえてください。あの人の、死んでいった人たちの無念を必ず晴らしてください!」
高橋は息をのんだ。自分が知りえていた事件の情報など、薄っぺらいものでしかなかった。
自分が警察官になる前から、三宅の存在は知っていた。いや、自分だけでなく日本中の人間が三宅のことを知っているはずだった。
この事件で唯一の生き残りとなった三宅は英雄的存在となったが、自分だけしか生き残れなかった三宅に対して批判の声も挙げられていた。
しかし、この事件の首謀者『ケルベロス』という指名手配グループは、近年現れた特殊な力を持った"異能者"と呼ばれる存在。
確認されてる存在や情報が少なく、異能者に関する対処法も警察は持っていなかったため成す術もなかったのだ。
「俺は自分の無能さが死ぬほど悔しかった。彼女のように俺が生きていることを喜んでくれる人もいれば、なぜお前だけが生き残ったと泣き叫ぶ人もいた。俺は本当に役立たずだった、殺されていく人を前にして何もできなかったから。何度も死のうとした、でも、死ねなかった」
三宅の横顔を高橋は食い入るように見つめた。
「自分にはなにもできることはないと思っていた。でも、彼女の言葉に気づかされたんだ。俺は生き残った理由、それは奴らを捕まえる。そして、奴らに裁きを与える」
「裁きを与える、それは復讐ですか?」
「復讐かもしれない、でもこれは殺された人たちと残された人たちへの償い。必ず奴らを国民の前に引きずり出し、聖なる神の裁きを与えるんだ!」
三宅はハンドルを力強く握り、声を震わせながら叫んだ。その目には、赤く燃え上がる炎が見えた気がした。
情報にあった場所は、ここ数年使われた形跡のないさびれた倉庫だった。
至る所に置かれたコンテナは錆び、運送に使われていた重機も放置されたままだった。
まだ日が高い時間だが、倉庫内に光が入らず薄暗かった。
三宅と高橋は大きな扉の前で、拳銃のセーフティを外し中の様子をうかがっていた。
倉庫内は床に埃が溜まっており、埃の溜まり具合で足跡がないことから、この倉庫に人が出入りした形跡はなかった。
すると、二階にあるクレーンなどを操作する制御室らしき部屋の窓に一瞬人影が見えた。
二階に続く階段に向かおうと中に入ると、足に何かが当たった次の瞬間、倉庫内で大きな爆発が起きた。
その爆風で三宅と高橋は吹き飛ばされ、地面に打ち付けられた。爆発音と爆風で地面の埃が舞い上がり視界が悪くなったが、火災や建物の崩壊はなかった。
高橋が二階に急いで駆け上がり、そのあとを三宅が追う。
二階の部屋は一階の倉庫と違い、爆発で壁が破壊され窓ガラスが割れ床に破片が散らばていた。差し込んだ強い日光が宙に舞う埃に反射し目がくらむほどだった。
だが、一階の倉庫とは違うものがあった。
それは二階に上がった瞬間から感じ取っていた『生臭い血の臭い』だった。
鼻に衝くきつい血の臭いからして、怪我をおった人間は重症だとわかる。
「ここにいた奴らはすでに逃げたようですね」
崩れた壁から身を乗り出して高橋があたりを見回したが、外に人影は見えなかった。
床には血が飛び散っていた。
そして、三宅はある場所に足を向けた。
「高橋、すぐに救急車を呼べ」
「三宅さん?」
戸棚や積み上げられていた物が倒れているその奥に、何かを見つけた。
それは床に広がる血の海の真ん中にうなだれるように座り込んでいた。
「ついに見つけた。まだ生きている、こいつからはいろいろ話を聞かいないといけない。異能者犯罪組織・ケルベロスの№2 神崎零からな」