浦木ルコの恋
自分は恋をしたのかもしれない――と浦木ルコは思った。
レジ打ちの合間に前をみると、同じく客の対応に追われる角比戸シンジの後姿がある。
彼にはただひとこと礼を言われただけだった。
「ありがとな。やさしいんだな浦木さんて」と。
ルコがいまのドラッグストアでバイトを始めたのは五か月前、単純に家から近いという理由で選んだ。
シンジはふた月ほど前ここへきて、学校はちがうもののルコと同じ高校一年だったが、彼にはどこか近寄りがたい雰囲気があった。
背が高く体格はガシリとして、目つきというより顔つき全体がするどく、両耳にはピアスの跡がいくつかある。
彼の家の近所だというパートの人から、中学時代は悪い仲間とつるんでいたとのウワサもひろまっていた。
「浦木さん、休憩いって」
先輩にいわれルコはレジブースを出る。今日は近くで祭があり、着物カップルや、見なれぬ家族連れ、子供たちも多く通常日よりかなりにぎやかしい。
ルコは喧騒から逃れるように休憩室へはいってひと息ついた。そして、
(あんなことがあったのにえらいな角比戸さん……)と同僚のことを考えた。
シンジは無口だが、職場ではマジメで態度もよく、ルコも仕事で助けられたことが何度かある。
実際今日にしてもウワサどおりの人間なら来なくてもおかしくはない。
一週間ほど前、先月ぶんの売上金が例月よりズレが大きかったといい、店長がシンジに金をとったのではないかと疑いをかけたのだ。
彼はバイトから店長になってまだ日があさかったが、もともとシンジのことがどこか気に入らなかったようで、口調は静かだが大分頭ごなしな物言いだった。
さすがにちょっと偏見がすぎるんじゃないかと同僚たちも陰で言い、シンジも認めなかったもののかなりショックをうけたようで、辞めると告げたらしい。
しかし翌日も出勤してきた彼に、もう来ないと思っていたとパートが話をふってみたところ、せめて忙しいとわかっている祭の日が終わってからにしたいと言ったという。
ルコはそれを聞き、いまだシンジに対しては若干気がひけるところはあったが思わず――違算金は単純なミスでも出るものだし、前の店長はそれをふまえてうまくやっていた、今の店長は何かときびしすぎるとみんなもいっている……というようなことを、先日休憩が重なったときにたどたどしく伝えた。
「自分は無実を信じている」といったストレートな言葉は結局出せず、ルコは理屈っぽく遠回しな言い方しかできない自分がもどかしかった。
シンジの方はこれまでそれほど会話もなかった、おとなしい同僚からの言葉にずいぶん驚いていたが、しかしかすかに涙をうかばせると、赤くなった顔で礼をのべた。
ルコはそれをみて、妙に胸が熱くなるのを感じたのだった。
と、そんなことを思い返していると、
「おつかれさまです」とシンジも休憩室に入ってきた。ルコをみるその表情は以前よりも大分やわらかい。
そして机をはさんで向かいがわに座ると、シンジは少し自分のことを話した。
中学時代のことは噂どおりで、色々と荒れてもいて、周囲に迷惑ばかりかけていたこと。しかし身内に不幸があって、それが自分を見つめなおすきっかけとなり、今はなんとか変わろうとしていること――。
「でも、簡単にはいかないよな。いままでやってきたツケっていうか、目に見えないイヤなもんがカラダに染みついてるっていうかさ……。そういうのってやっぱり他人にも伝わっちまうもんなんだろうな」
というさびしげな表情に、
「ううん、角比戸さんなら、だ、だいじょうぶだと思う……だってマジメだもん。あ、あたしはそう思うよ」
精一杯の素直な気持ちでいうと、ありがとうといって少し微笑んだシンジに、ルコも笑顔でかえした。
そして彼が辞めてしまうことを心から残念に思い、先月は調子にのってそれまでより多めに売上金をくすねてしまったことをルコはひそかに反省するのだった。