土になるのが似合う
人が亡くなったあとに残るのは、立派な言葉や大きな出来事だけではありません。
毎年繰り返していた手仕事や、何気なく交わした言葉、ふとした仕草が、思いがけない形で胸によみがえることがあります。
これは、祖母が残した一本の柿の木と干し柿を通して、家族の記憶が静かにつながっていく物語です。最後までお付き合いいただければ幸いです。
祖母の葬儀の日、庭の柿は熟れすぎて、いくつも地面に落ちていた。
誰も拾わなかった。挨拶回りや香典の整理で、みんな柿どころではなかった。
渋柿だった。生ではとても食べられない。
祖母は毎年この時期に、実を一つずつ剥いて軒下に吊るした。
剥く手は速くて、皮は途切れずに一本の帯になって垂れた。
祖母の手はいつも温かかった。柿を剥いたあとでも、
湯飲みを渡してくれるときでも、指先が触れればそれと分かった。
「人は死ぬと星になるんだよ」
幼いころ、祖母は私の頭を撫でて、そう言った。童話のようなものだと思っていた。
*
翌週から、家を売る準備を始めた。家具を処分し、
押し入れの荷物を段ボールに詰める。台所には、祖母の湯飲みが一つだけ残っていた。
底に茶渋が薄くついている。
捨てるつもりで手に取ったのに、気づくと新聞紙で包んでいた。
不動産屋は庭を見て言った。
「あの木は、伐ったほうが売りやすいですよ」
頷きかけたところで、隣家のおじいさんが声をかけてきた。
「その木は、残してやってくれんかな」
「どうしてですか」
「おばあさんがね、おじいさんの遺骨を少しだけ土に混ぜて植えた木なんだよ」
思わず聞き返した。
「祖父の?」
「正式なお墓とは別にね。笑って言ってたよ。あの人は土になるのが似合うから、って」
星になると言った人が。
私が知っている祖父は、写真の中の人だけだ。背広を着て、
少し困ったような顔で、仏壇の横からこちらを見ている。
木を見上げた。橙色の実が、午後の日差しに光っている。
実の数を数えるように枝先を見ていた祖母の横顔なら、はっきり思い出せた。
「残します」
自分でも驚くほど、声が出た。不動産屋は「そうですか」と言って、手帳に何か書きつけた。
*
その週末、私は初めて柿を剥いた。皮は何度も途中で切れた。
「お父さん、下手」
縁側から、娘が笑った。学校帰りに寄ったのだという。
「この木、本当に伐っちゃうの?」
「残すことにした」
「どうして」
少し迷って、隣のおじいさんの話をした。娘は黙って聞いていた。
それから、自分が持っていた剥きかけの柿を見た。
「じゃあ、この柿、ちょっとひいおじいちゃんなんだ」
答えられなかった。
娘は柿のへたに紐を結んで、軒下に吊るした。私より、ずっと手つきがよかった。
「これ、私のね」
「ああ」
私は娘の頭に手を伸ばした。幼いころ、祖母が私にしてくれたように。
娘は照れくさそうに笑って、その手を払った。
「もう、子どもじゃないんだから」
「そうだったな」
もう一度撫でようとして、やめておいた。
*
十二月、干し上がった柿を取り込む日、軒下の梁に残った紐を外そうとして、手が止まった。
祖母が毎年使っていた麻紐だった。輪を二つ重ねる、
少し変わった結び方のまま、梁にかかっている。
ほどこうとしても、結び目は固く締まって爪がかからない。
爪が割れ、やっと緩んだとき、私は縁側にへたり込んでいた。
膝に紐を抱えたまま、しばらく立てなかった。
干し柿は親戚に配った。娘が結んだ一つだけは、
新聞紙で包んで、冷凍庫の奥にしまった。湯飲みと同じ包み方だと、
しまってから気づいた。
*
翌年の秋、引き渡しの日に、最後にもう一度だけ庭に出た。
柿の木はたくさんの実をつけていた。買い手は、木のことなど気にしていなかった。
「ああ、そうですか」。それだけだった。
熟した実が、枝先で風に揺れている。祖母が見たら、喜んだだろう。
手を伸ばして、握って、下ろした。もう、私の家ではない。
背を向けたとき、柿の葉が一枚、足元に落ちた。拾わなかった。
*
その夜、ベランダに出た。祖母の湯飲みに茶を淹れ、
冷凍庫から出した干し柿を、皿に載せた。
娘が結んだ紐が、まだへたについている。
ひとくち齧った。渋みはどこにもなく、驚くほど甘かった。
風が頬を撫でていった。
祖母の手より、ずっと冷たかった。




