【短編】「君の妹のことが好きになってしまったんだ」と婚約者から婚約破棄されました。────ところで、妹って誰のことですか?Episode④
「悪いが、俺は君の妹のことが好きになってしまったんだ。それに、いたいけな妹をイジメるような底意地の悪い女は嫌いでね。君との婚約は破棄することにしたよ!」
「……私の妹を?」
それは、学園主催のちょっとしたパーティーの最中に婚約者である王子殿下から言われた言葉だった。まさかこんな場所でこんな時にこんなことを言われるとは微塵も思っていなかったのでさすがに戸惑ってしまう。
それに、パーティーといってもこれは授業の一環である。デビュタントは済ませたとはいえ学生である我々はまだまだ子供。だからこそ、卒業後に貴族の一員として社交界で生き残れるようにと外交の仕方を実践方式で学ばせて体に覚えさせようというこの学園のやり方なのだ。つまりはこの場はある意味で小さな社交界とも言える。
なのでこの場には海外からの留学生や、指南役として学園に協力してくれている高位貴族の重鎮の方々がいるわけだが……殿下はその面々の前で堂々と自分の不貞と婚約破棄を宣言したことになってしまったわけだ。それにしてもこんなに周りがざわついているのに、なぜ殿下はあんなに得意気にしているのかしら?
「王子殿下……そのようなお話はこの場では不適切ですわ。皆様に(あなたの不祥事が)聞かれていますわよ」
せっかくこれ以上王家の顔に泥を塗らないように進言したつもりだったのだが、王子殿下は手に持ったグラスの中身を一気に煽って飲み干すと「みんながいるからいいんじゃないか!何かと口うるさい君の相手はうんざりしていたところだし、俺は真実の愛に目覚めてしまったんだ!君の悪行を白日の下に晒して婚約破棄するにはうってつけの場だろう?ここにいる全員が証人だ!!もう逃げられないぞ?!」と唾を飛ばす勢いで叫んでいる。……それ、ノンアルコールですよね?酔ってます?
「……はぁ、わかりました。婚約破棄には同意いたします。王家と公爵家の婚約を《《そちらの都合》》で破棄したんですから、後からやっぱり無効なんて言わないでくださいね」
「男に二言はない!」
「では、ここにいる皆様が証人です。よろしいですか?」
周りをぐるっと見てそう言えば、なぜか拍手が起こった。まぁ、これまでの私の苦労を知っている方々からすれば「おめでとう」という気持ちを込めてくれているのだろう。なにせ、ここでは語りきれないくらい学園では殿下の尻ぬぐいに翻弄されていたのだ。はっきり言って殿下の婚約者であることを嫉妬されるより同情されることの方が多い。
可能であればここで「ありがとう」と返したいところだが、まだ私にはやることが残っていた。お祝いはそれからである。
本当ならこんな簡単に婚約破棄なんて出来ないのだけれど、今日は運良く宰相様が見学にきていて呆れ顔で頷いてくれているのでなんとかなりそうな気がするのだ。王子殿下が参加するパーティーだからってわざわざ見に来たのにこんな茶番に付き合わせるのは申し訳ないが私的にはラッキーだとしかいいようがない。
「では王子殿下。今、この時より私たちは他人になりますので……最後にひとつだけお聞きしたいのですが……」
「なんだ?言っておくが慰謝料なんて野暮ったいことは……」
「────ところで、妹って誰のことですか?」
ため息混じりにそう聞けば、王子殿下は今までみたことないようなポカンとした顔をした。
「なにを言っているんだ?まさか今更、妹をイジメたなんて冤罪だから婚約破棄を取り消そうなんて思ってるのか?!」
「ええっと、そうではなくてですね。あ、もちろん婚約破棄は取り消しませんよ?それは私だって願ったり叶ったりなので、それについては別に慰謝料も必要ありません。そうではなくて────実は私の“自称・妹”は、定期的に湧いて出てくるのです」
「は?」
「我が家の所有する鉱山から希少鉱物が発見されて、私が殿下の婚約者に任命されたあたりからでしょうか……私の自称・妹と名乗る方々がたくさん現れてくるのです。どれだけ駆除しても出てくるので、なかなか把握しきれなくて……まぁ、1番悪いのはお父様なのですが。あ、一応リストは作っていますのよ?」
私は会場に控えていた侍女からリストを受け取ると殿下ににっこりと笑みを向けた。いつでも調べられるようにといつも持ち歩いていてよかったわ。
「リストだと?!」
「はい、もしかしたら本物がいるかもしれませんから。それに《《使えそう》》なら教育して手駒に出来ますし、すでに何人かはスカウトして公爵家で働いてもらっています。たまに有能な方もいますし、ちゃんと調教すれば素直ないい子が多いですので。
……まぁ、お父様は入婿ですし、我が公爵家の正式な血筋はお母様ですので……もしも“お父様が浮気して出来た娘”だったとしても公爵家とはなんの関係もないのですけれど────それで、その妹とは誰のことですか?特徴を教えてくださいな」
すると殿下の顔色がどんどん真っ青になっていく。そしてなにやらブツブツと呟くと頭を力いっぱい左右に振った。
「お、俺の目に間違いなどあるはずがない!あの子は確かにお前の妹だと言った!その証拠に公爵家の一員の証として希少鉱物で作られた首飾りを持っていたんだからな!」
「首飾りが公爵家の一員の証ですって?なにを馬鹿なことを……殿下は何か思い違いをなされているようですが、うちの鉱山から出てきた希少鉱物はアクセサリーを作るようなモノではなく燃料として使用するモノですわ。そのような加工は出来ません。それはいいですから、早く妹の特徴を!」
「ね、燃料?!俺はそんなこと聞いてないぞ!」
「お伝えしているはずです。それに、その希少鉱物がこの国の貿易の要になっていることは貴族ならみんな知っています。そんなことより、妹の!と、く、ちょ、う、は?!」
「……き、金髪で、青い瞳の」
「金髪に青い瞳の令嬢なんて王都には山程いますわ。もっとなにかありませんの?」
「……み、右目に泣き黒子が」
「泣き黒子……なるほど、その自称・妹はNo.115ですわね。数カ月前に我が家に堂々と乗り込んできたので調査する間だけ滞在を許したら私の大切な執事を籠絡しようとした不届き者です。だいたい、調査すると言っているのに監視がついていないはずないじゃないですか?それを昼間からはしたない格好であんなことを……まぁ、執事がその場ですぐ捕縛したので実質被害は無かったですから放り出すだけで許してあげたのですけれど、まさか殿下にすり寄っていたのですか。もしかして金品を強請られたりしました?」
「こ、公爵が、君より妹を可愛がっているから、君が嫉妬して妹を虐げていると聞いて……姉に制限されていて買い物も不自由していると……だから、宝石とドレスを……」
「ドレスを贈られたのにこの場には来なかったんですね。この学園の学生かどうかは調べなかったんですか?」
「君と顔を合わせたら酷いことを言われるのが怖いからと、近くの宿屋の部屋に……。それに、学年が違うから見たことがないだけだと思って……」
「お父様に可愛がられているのに、ドレスを買ってもらえないなんて有り得ないでしょうに。それに公爵家の財政を握っているのはお母様です。私にその権限はありませんわ。そうですねぇ……今頃はその宝石を持って逃亡している頃かしら?こんな手口に引っかかる殿下も殿下ですけれど、王族を騙したら死刑は確定。やはりNo.115は使えそうに有りませんわね。────せっかく見逃してあげたのに……もう処分いたしましょうか」
私がそうポツリと呟くと、後ろに控えていた侍女がリストを受け取って一礼した。これですぐに片付くだろう。それにしてもお父様の記憶が曖昧なせいで私の苦労が絶えないのはどうしたものか。
お父様は私が2歳の時にお母様との喧嘩が原因で家出をして1年間行方不明になっていたことがあるのだ。どうやら事故に遭って記憶を失っていたらしいのだが、記憶を思い出して帰ってきたものの、今度はその1年間の記憶を忘れてしまい誰に助けてもらってどう暮らしていたのか全く思い出せないでいた。命の恩人を探さねばと、お母様が水面下でその相手を探したが結局見つからなかった。しかし箝口令を敷いたもののどうしても噂が流れてしまっていたのだ。それでも我が家が有名になるまでは静かだったのだが、希少鉱物のおかげで王家からも一目置かれ、さらには王子殿下の婚約者の座を手に入れたとなった途端に下火になっていた噂が燃え上がってしまった。そのおかげで一攫千金や下剋上を狙う輩が絶え間なく出てくるのである。なぜ妹限定なのかはわからないが、狙いやすいポジションだとでも思っているのだろう。
それにしても……今のところ本物は出てきていないが、そろそろうっとうしくなってきたなと、思わなくもない。手駒の数はもうじゅうぶんだし、なによりも私の執事に手を出そうなんて輩が出てくるなんて言語道断である。
「王子殿下、ありがとうございました」
「えっ」
「だって、もめることなく婚約破棄できましたし、情報も提供していただいたおかげで決心がつきました。もう2度と自称・妹が出てこないように一掃しようと思いますわ。お礼にいいことを教えて差し上げますわね」
なにやら呆けている殿下に淑女として最高の微笑みを見せてやった。これでも王子殿下には感謝しているのだ。
「この婚約が破棄されたら殿下は立太子する資格を失うそうです。その場合、隣国の公爵令嬢と婚約なされている第二王子殿下が王太子になられるそうですわ。……うふふ。これもあんなに説明されていたはずですのに、本当に肝心なことは何ひとつ聞いていませんでしたのね」
ああ……殿下が愚かで、本当によかったです。
✱✱✱
それから私は少しだけ忙しかったが、大掃除を済ませてやっと周りが静かになった。
なんとお父様は私がある意味自分のせいで婚約破棄されたことを知り、動揺して階段から転げ落ちたショックで失われていた記憶を思い出した。そして命を救ってくれたのは森の奥に住む木こりのおじいさんだったことが判明したのである。すぐに家族でお礼を言いに行き、いまでは公爵家で庭の管理人として働いてもらうことになった。お父様は記憶喪失になっても浮気はしていなかったことが証明された。これで本物を探す必要もなくなったし万々歳だ。
まぁ、つまりはお父様にひとつ貸しが出来たことになるので……これからじっくりと説得して私のわがままを聞いてもらうつもりだ。
例えば、好きな人と婚約したい。とかね。




