見る目
「キミはね、恋をしているんだろう?」
社会科準備室で、この前の定期考査の採点をする先生の後ろ姿をぼんやりと眺めていた樹里はその声にハッとした。
何故先生はその事に気づいてしまったのだろうか。
自分は一度もそんなそぶりを見せなかったはずなのに、と。
気づかれたという事実で内心驚愕の感情でいっぱいだったが、人間あまりに衝撃を受けると顔には出づらくなるのか、表面上は落ち着いているように見える(と思いたい)。
「先生、なんでそう思うの?」
「ふふっ、今はこれでも私は昔はそこそこイケていていたと言える方でね、恋を見る目にはちょっと自信があるのだよ」
そう言って笑う先生を見ると、いつもは少しくたびれた感じで年よりも老けて見えるのに、今だけは自分とそう大して変わらない年のように見えた。
それだけ、その笑顔は、何というか、買い与えられた玩具を自慢する子供のような感じだった。
そして、それは先生もそんな笑顔が出せるんだ、とかれこれ三年の付き合いになる樹里でも見たことのない笑顔だった。
「あれかな、2組の佐藤……いや同じ組の桐生あたりじゃないかい?」
「え?」
「あれ、違ったかい?
んー、絶対彼らの内のどちらかだと思ったんだが……」
そのまま顎に手を当てて、先生は考えこんだ。
どうやら採点は終わっていたらしい、採点済みのテストの山はあっても、採点待ちのテストの山はなくなっている。
しかし、そうか、先生は気づいてないようだ。
相手が誰なのかは。
だから、幼なじみ2人の名前が出てきた。
そう思うと、樹里は安堵した。
そして、同時に安堵した自分が悲しくなった。
(まあ気づく訳ないよね、18も違うわけだし。
後、教師と生徒っていう立場的には考えないだろうし……)
「あはは、先生知りたい?」
「ああ、まあ知りたいかな、放課後僕の城に入り浸る女の子に、ついに春を訪れさせた男の子を。」
「そっか、でもいーわない」
本当は言いたかった。
けど、その言葉を言ったとしてどうなるのだろうか。
関係が壊れてしまうだけなのではないか。
気持ちを知った先生が、私を避けるだけなのではないか。
関係がいい方に変わるわけないじゃないか。
そう思うと樹里は言えなかった。
「……まあプライベートな事だしね、仕方ない。
けど、やっぱり、なかなかどうして私の恋を見る目は確かなようだ」
そう誇らしげに言う先生に、樹里はほんの少しだけ笑いたくなった。
だって、その目が本当に確かなものなら、私の気持ちに気づいたって良いじゃない。
気づかないなら、それは私にとっては恋を見る目とは言えない、と樹里は感じたから。
先生、ダメダメだよ、その恋を見る目は。
駄文につきあってくださりありがとうございました