とある民族が遺したビデオテープ
おじいちゃんが亡くなった時のことだ。
両親が遺品整理のため、私を連れて祖父の家へ訪れた。
祖父の家には整頓されてない、大きな倉庫があった。
当時幼かった私にとって、整理されておらず色々なものが雑多になった祖父の倉庫は、かっこうの遊び場だった。
初めこそ倉庫の中にあった箒で魔女ごっこをしたり、大人の真似事として掃き掃除をしてみたりしていたが、段々と飽きてきた。
そこで、私は両親の目を盗み、倉庫の中を漁ることにした。
「何か良いものないかな〜」
すると、埃を被ったカセットテープを見つけた。
他にも色々あったはずなのに、なぜかそれに心惹かれた。
私はカセットテープを手に取ると、それを祖父の家にあるラジカセに差し込んだ。
少し前に小学校で「昭和の暮らし」という勉強をしていたため、扱い方を心得ていたのだ。
ドキドキしながら再生されるのを待つ。
やがて2人の男の声がスピーカーから流れてきた。
男のうち1人は、啜り泣いているようだった。
「なぜ泣いているのだろう」私はそう思ったが、その疑問は再生が終わっても解決されることはなかった。
男達の会話は、支離滅裂かつ意味不明なのである。
「食べた食べた。蜜りんご食べた」
「蜜りんご 駆ける」
「蜜りんご 食べた 投げる」
「遊ぶ 了解 咲く 駆ける」
「了解 咲く 食べた 投げる」
「了解 蜜りんご 駆ける」
こんな具合で会話が永遠に進んでいくのだ。
全く何を言っているかわからないし、そのせいかなんとなく気味が悪い。
怖くなった私は、カセットテープを倉庫へ戻しに行くことにした。
しかし、倉庫の中で、私はもう1つテープを発見することになる。
「……。これ、もしかして……」
さっきのカセットの続きかな?
気になる。けど、怖いし……。
ごくり。思わず唾を飲み込む。
迷った結果、私はテープを再生することにした。
今度はビデオテープだった。
先ほどの男達と同じ声がする。
男達は古めかしいデザインの服を見に纏っていた。
きっと、一つ目のテープと同一人物であろう。
1人の男が、娘であろうか。小さい赤子を抱いて喜んでいる。
男は赤子を指差しながら、しきりに
「蜜りんご!蜜りんご!!」
と叫んでいた。
そして、しばらくすると嬉しそうに、もう1人の男と会話を始めた。
「蜜りんご 走る 拾う」
「蜜りんご 拾う」
「蜜りんご 拾う」
「蜜りんご 走る 遊ぶ 了解!!」
そう言いながら、男2人は小さい赤子を抱えて喜んでいた。
しかし、やはり意味が分からない。
「蜜りんご」、「了解」など、1つ目のカセットテープにも出てくる言葉はあったが……。
それがどういった意味を持つのか、当時小学生の私には分からなかった。
男達の会話にどんな意味があったのかを知るのは、この出来事から数年後のことになる。
「そういえば小学生の時さー、」
高校生になった私は、何の気なしに父にその話題を振ったのだ。
朝食を食べていた父は、一瞬驚いた顔をした後、
「……。お父さんについてきなさい。」
と言った。
そして、今度はうちの家の倉庫にて、あのテープ達と対面した。
「……!もっと年季入ってる……!!」
私がそう言ったのをよそに、父は話し始めた。
「……。お前は覚えてないかもしれないけど、実はお前のじいちゃんは民俗学者なんだ。」
「え……?」
「じいちゃんは全世界各地の『世界から消滅しそうな言語』を記録に残そうと、色々な民族のビデオを撮ったんだ。これもその1つさ。」
「えっ……?でも、ビデオテープに残っていた会話は、今私たちが使っている言葉と同じだったよ!」
意味こそ支離滅裂だけれど。
思わず私が反論すると、父は笑いながらこう言った。
「ああ。これはだいぶ特殊な民族でな。この民族は、日本語と全く同じ発音・同じ表記で話すが、意味は全く異なる言語を話すんだ。」
そう言って父はテープを再生する。
「ほら。例えばこの『蜜りんご』という単語は『娘』を指すんだ。内容は確か、この民族に娘が生まれた時の様子と、その娘が死んだ時の様子を撮影したものじゃなかったっけ。」
そんな民族もいるのか。私は驚きで声が出なかった。
___聞けば、その民族の言語は祖父が記録に残したものを除いて残っていないらしい。
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ここまで読んでくださってありがとうございました✨
最後に、テープの訳を載せておきます!
食べた→死んだ
走る→生まれる
拾う→嬉しい
投げる→悲しい
蜜りんご→娘
駆ける→弔う
遊ぶ→泣く
了解→駄目(否定)
咲く→早く
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