第九話 外交特権
漁港直送を売りにしているだけあって、〝はっかい〟の献立には、
都内ではなかなかお目にかかれない魚が並んでいた。
前菜は、桜海老の白味噌和えに、春の山菜であるタラの芽の天ぷらが添えられていた。
口に含むと、桜海老のほのかな甘みと白味噌のコクが絶妙に絡み合い、
神谷も美也子も自然と顔をほころばせた。
続いて供されたのは、太刀魚と金目鯛のお造り。
「……太刀魚って、煮付けでしか食べたことなかったけど、刺身、いけますね」
と美也子が感心しながら箸を進めると、
神谷も「うん、意外な食感だ」と頷いた。
その後も、地物の魚を使った握り寿司の盛り合わせが続き、
最後のデザートには、濃厚な静岡茶のジェラートが出された。
食後の余韻に浸る中、ジェラートに手を伸ばした水原刑事が、ふと口を開いた。
「……これは、事件と直接関係あるかは分からないんですが」
神谷が目を上げる。
「聞こうか」
「数日前から、清水の袖師のターミナルに、パナマ船籍の貨物船が停泊していたそうなんです。
名目上は、中国の深圳港から南米アルゼンチンのブエノスアイレスまでの貨物輸送とされていたようなんですが……」
「……なにか、おかしな点でも?」
神谷の促すような問いに、水原は少し間を置いてから、静かに続けた。
「ええ。地元の警備員や近隣の業者が言うには……
**“貨物船にしては異様なほど目つきの鋭い連中がうろついていた”**というんです。
まるで港湾労働者とは思えない風貌だったと」
美也子が眉をひそめる。
「それに……」と、水原は声を低くした。
「中国の外交ナンバーをつけた黒塗りのワンボックスカーが、何度もその船を訪れていたそうです。
そのたびに数人の男が降りて、船内に入り、数時間後に戻ってくる。
それが数日間、繰り返されていたと――近くの有料駐車場の係員が証言しています」
神谷は、ジェラートのスプーンを途中で止めたまま、黙り込んだ。
「……中国、か」
異国の影。外交特権。明確な目的を隠した動き。
香山千鶴の遺体――摘出された臓器――
それらが、ゆるやかに一つの“線”を形成しはじめている気がした。
言いようのない胸騒ぎが、神谷の中で静かに広がっていた。