第七話 ピンキー
午後6時45分。
神谷諒一は、静岡駅構内アスティの一角にある喫茶店**「喫茶房ピンキー」**の入り口を静かにくぐった。
夜の帳が下りかけたガラス窓の外では、駅前のネオンが滲みはじめている。
店内は落ち着いた照明に包まれ、ほどよいジャズが流れていた。
すでに先に着いていた園部美也子が、ひと目で神谷を見つけ、軽く片手を上げた。
神谷は店員に「連れが」と一言だけ伝え、美也子の座るテーブル席へと向かった。
彼女の正面の椅子に腰を下ろすと、わずかに息を吐いて、背筋を伸ばす。
「……久しぶりですね、課長。こんな場所でお会いするなんて」
「有給中に悪いな。だが――事態がそれを許さなかった」
美也子は頷きながら、テーブルに置いたアイスコーヒーに目を落とす。
「例の……あの子の事件ですね」
神谷は、わずかに視線を左右に動かしてから、声を落とした。
「港で見つかった少女の身元は、香山千鶴。東京・豊島区在住。
12月14日、学校の帰り道で失踪。最寄りの交番が葛飾署の管内だったから……
お前の耳にも少しは入ってたかもしれないな」
「ええ、速報レベルで。でも臓器摘出って……そんな話、表には出てませんでしたよ」
「当然だ。情報はまだ伏せてある。
遺体発見現場からは、儀式的な意図を示唆する痕跡が出ている可能性もある。
だから、城山官房長直轄で特捜を組む動きが出てる。
オレはその準備のため、静岡に入った。お前にも――動いてもらう」
「……分かりました」
一拍の間を置いて、美也子はまっすぐ神谷を見つめた。
「でも、あたしはただの巡査部長ですよ。臓器売買か、カルト事件かも分からない。
課長は、あたしに何をやらせるつもりですか?」
神谷の目が、一瞬だけ揺れた。
「“あたし”じゃない。“お前”だからだよ」
静かに、だが確かな強さでそう言いながら、神谷は店員を呼び、ブレンドコーヒーを頼んだ。
冷めた夜が、二人の間に音もなく落ちてきていた。