第二話 香山千鶴
その後の調べで、少女の身元は判明した。
12月14日、夕方。
学校からの帰り道、友人と別れたのは自宅からわずか200メートルほどの場所だった。
そこを最後に、彼女は忽然と姿を消したのだった。
豊島区南池袋×××
香山千鶴(10歳)
湾岸署・生活安全課の巡査長、寳田啓吾は神谷の机の前で手帳をめくりながら報告を続けていた。
「この子なんですがね……ちょっと妙なんです」
神谷が顔を上げる。
「妙?」
「ええ。……まず、遺体発見時に着ていた服が、学校に行った時のものと違っていたんです。
家族や学校関係者の証言からして間違いない。どう見ても、誰かが着替えさせてる」
「……着替えさせた?」
神谷は顎に手を当てた。
身内がやるならまだしも、誘拐して殺す相手が、服をわざわざ替えるだろうか?
理解の枠を超えた何かを感じていた。
「もう一つ」
寳田の声がわずかに低くなる。
「ご遺体……いくつかの臓器が、抜き取られていました」
神谷は言葉を失った。
「――まさか、臓器売買か?」
「今のところ、それを裏付ける証拠はありません」
「ただ、切除は非常に精密です。素人の仕事じゃない。しかも――この子の体、どこにも暴行の痕跡がないんです」
「……解剖じゃなくて、“摘出”されたような?」
「ええ。目的が、臓器だったとしか思えない。でも、そうだとしたら、なぜ水に沈める必要があったのか……」
千鶴ちゃんのご両親は、最後に千鶴ちゃんのご遺体に直接触れることも出来ずに荼毘に付されたとのことだった。
お母さんな、最後に千鶴ちゃんの棺に縋りついて離れられずにいたそうだ。
*
二人の間に、静かに沈黙が落ちた。
外では冷たい雨が、いつの間にか雪に変わりつつあった。
異常な寒波と熱帯低気圧がぶつかる今冬――その異常気象の裏で、何か得体の知れないものが、都市の地下で蠢きはじめている気がした。