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静かなる怒り  作者: 56号
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第十二話 李榮(リ・ロン)

「その李って、中国人男性は……?」


園部美也子が、静かに神谷に尋ねた。

午後の陽が傾き始めた静岡県警の一室。

港の風のように、どこか冷たい沈黙が流れていた。


「一命は取り留めたそうだ」

神谷は、手元の報告メモをちらと見やりながら、言葉を続けた。

「でも、集中治療室。頭部と胸に銃創。まだ予断は許されない……さっき、厚木の刑事から連絡が入った」


その声に、わずかに悔しさがにじむ。

「折角の証言者だったのにな……」


美也子も唇をかみしめた。

神谷が情報のピースをつなぎかけた矢先――

真実の扉は、再び固く閉ざされた。



翌日――

神谷と園部は、都内・虎ノ門ヒルズの一角にある、静かなカフェバーの奥の席にいた。

約束の時間から数分遅れて現れたのは、李南の妻、塚原絢子。

黒のシンプルなワンピースに身を包み、控えめな化粧、そして疲れの残る目。


飲み物の注文もそこそこに、神谷が本題に入った。


「塚原さん……ご主人の李南さんが匿っていたのは、同郷の、黒竜江省出身の外科医で――**李榮リ・ロン**さん、で間違いありませんね?」


塚原は、無言で頷いた。


「どうも、どこかの“船の中”に監禁されていたそうです」

美也子が静かに言葉をつなぐ。


「臓器移植を強要されていたと、ご主人は?」


「……はい」

塚原は、掠れるような声で答えた。


「最初に“施術”させられたのは、中国人男性だったと聞いています。

『殺人犯だから問題ない』『合法だ』と、そう説明されたと……でも、李榮さんは、どこか違和感を感じていたようで」


神谷の表情が固くなる。


「そして次に、“少女”が連れてこられた」


「……その子を見たとき、もう我慢できなかったみたいです」

塚原は、手に持っていたカップをぎゅっと握った。


「まだ息のある、あどけない顔の女の子。

李榮さんにも、小さなお嬢さんがいて……自分の娘と重なってしまったって。

それでもう、何も考えずに……看守の目を盗んで、海に飛び込んだって言っていました」


「……自殺覚悟で」


「はい。助からなくてもいいと思ったって。

でも、偶然なのか、巡回中の警備艇に救助されたんです。

それで、李南を頼って厚木に……」


カフェの空調の音だけが、かすかに耳に残った。


神谷は、深く椅子にもたれながら、目を閉じた。


「臓器移植を強要されていた外科医……犠牲者のひとりが、香山千鶴……

中国の外交官ナンバー……出港した貨物船……」


断片が、いよいよ輪郭を結びはじめていた。


「――だとすれば、あの船の中は、**“移植施設”**だったということか」


「まるで海上の手術室」

美也子の言葉に、神谷は頷いた。


「李榮さんに会いたい。すぐにでも。……今、どこに?」


塚原は一瞬ためらい、そして小さく答えた。


「静岡県警が保護してくれてます。今は別の名前で一時的に――でも、もう時間の問題かもしれません。

あの人たちは、きっとまだ追ってきます」


神谷と美也子は、視線を交わした。

何かが大きく動き出している。

海の向こうから、この国の中枢にまで――確実に。



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