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静かなる怒り  作者: 56号
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第十一話 李 南

その夜――

パナマ船籍の貨物船は、予定よりも一日早く、しかも異様なほど慌ただしく清水港を出港した。


周囲の港湾関係者には、正式な通関書類も示されず、積荷の最終確認もないままの出港は異例中の異例だった。

まるで“何か”から逃れるように、船は静岡の海を後にした。



同じ日。

ゴールデンウィーク直前の金曜日――街は、連休を目前に控え、浮き足立った空気に包まれていた。

商業施設には買い物客があふれ、高速道路のインターでは早くも渋滞の兆しが見えていた。


だが、午後2時過ぎ。

神奈川県厚木市の所轄署に、一本の通報が入る。


「……中国人の男性からです。内容は“話を聞いてほしい”とのことですが、様子が尋常ではありません」


通報先の住所は市内の住宅街。

連絡を受けた数人の署員がすぐに現地へと向かった。


通報者の名は――

リ・ナン、36歳。


日本人女性と結婚し、合法的な滞在許可を得て厚木で暮らしているという。

職業は輸入代行業。表向きは、アパレルや雑貨の貿易を請け負う個人事業主ということになっていた。


戸建ての玄関先に現れた李は、明らかに憔悴しきった表情で署員たちを迎えた。


「……すみません。こんな時に、でも、どうしても……」


何度も日本語と中国語を混ぜながら、「話さなければならないことがある」と繰り返す。


室内に通され、署員の一人が録音を開始したとき――

李は、おそるおそる、しかしはっきりと語り始めた。


「清水港にいたパナマ船……あれは、ただの貨物船ではありません。

あの船には、“モノ”じゃなく、“ヒト”が――」


そこまで話して、李の顔色が変わった。

玄関のチャイムが、二度、鳴ったのだ。


署員が立ち上がろうとしたその瞬間――

室内に、何かが“破裂”するような音が響いた。


そして、沈黙。

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