第96章「揺れる空気」
3人はダラダラと登場し、アンプも確認せずに音を鳴らし始めた。
観客の熱気が一気に緩み、会場に奇妙な空白が生まれる。宮下が違和感に気づいた。
「……あれ、セッション始めちゃったよ?」
「空気が変わりましたね」有村が低くつぶやく。
「熱気を下げて、自分たちのステージに持っていくつもりだな」矢吹が頷いた。
軽やかなジャム。笑い合う三人。
観客の一部が戸惑う中、突然──すべての音が止む。
静寂を切り裂くように、北村のアコギが流れ出した。
澄んだ旋律が武道館を包み込み、誰もが息を呑む。
Leaving on that 7:30 train, I don’t know how far I’ll go…
橘の爽やかな歌声が、すっと心に染み込む。
「……これは、票割れるんじゃ……」櫻井が目を丸くする。
「そうね、美月と180°違う」片寄が小さく答えた。
田辺のドラムが入ると、曲は一気に温度を帯びる。跳ねずにストレート、だが軽やかで心地よい。
北村のコーラスが重なり、アコースティックならではの豊かさが広がっていく。
「……やるな。アコースティックやらなくて正解だ。このままサビで一気に掴むつもりだな」田村が唇を噛む。
I wanna fly
Fly me up so high
Take me to the skies
I won’t get by
いつまでも君の声が僕の心で響く…
シンプルで伸びやかなポップ。Quiet SWAYの真骨頂だった。
「相変わらず上手いねぇ、橘くん」
舞台袖から声が飛ぶ。
「え! 美月!?」櫻井が振り返った。
「やっほー!」
「……美月、すごくよかったよ」片寄が思わず口にする。
「へへっ、でしょ?」美月が照れ笑いを浮かべた。
I wanna fly
Fly me up so high
Take me to the skies
I won’t get by
いつまでも君の声は僕の道にあるさ
If you can’t believe me take me home…
ラストサビ。観客は立ち上がらず、ただ手拍子と温かな拍手で応えた。
Noëlsの熱狂とは正反対、しかし確かに心を掴んだ余韻が広がる。
「いやぁ〜爽やかでかっこいいですね〜!」MCの声が響く。
「皆さんとてもリラックスされていて、見ているこっちまで癒されました!」
──会場の空気がまた、揺れていた。
⸻
「はぁ〜疲れた〜!みんなおやすみ〜」橘がマイクを放り出すように言う。
「おい、ここで寝るなよ!」北村が苦笑する。
「またか……しょうがねぇ」田辺が肩をすくめ、二人で橘を担いで控室へ戻る。
「……なぁ北村、ありがとうな」田辺がふいに声をかける。
「なにが?」
「また誘ってくれて」
「何言ってんだよ。……まぁ、俺もレゾナンスに声掛けてもらったから今音楽やれてるんだけどな」北村は照れくさそうに笑った。
「勝てるかなぁ、レゾナンスに」田辺の声は小さい。
「どうだろうね。でもさ……お前と橘とバンドやれてることが、俺にとって一番でかいよ。プロなんて、正直どうでもいい」
「奇遇だな。俺もだよ……」田辺も微笑んだ。
⸻
「さぁ!前半戦も終わり、後半へと参りましょう!!」MCが声を張る。
「Cグループ代表……の前に!こちらをご覧ください!!」
スクリーンに大きく映し出されたのは、日本の音楽シーンを支えてきた某有名バンド。
『武道館へお越しの皆さん!こんにちは!楽しんでますか〜?』
観客の歓声が止まらない。
「……なんだよ、これ……」田村が眉をひそめる。
「どうしても俺らを潰したいらしい」矢吹が低くつぶやく。
「嫌だね〜こういうの」宮下が苦笑する。
「酷い……これはまずいです」有村が顔を曇らせる。
「ど、どうしよう……」櫻井が不安げに声を上げた。
「関係ない!」片寄の声が響いた。
全員が彼女に注目する。
「私に勝てるボーカリストはいない。全力を出せるのはレゾナンスで歌ってるから……相手がどんな手を使おうと、絶対に負けない」
「……そうだな。片寄に勝てるやつはいない!」田村がきっぱりと言い切った。
その言葉に、レゾナンスの面々の顔に笑みが戻っていく。
「さぁ!皆さん、ビッグサプライズでございました!」MCが叫ぶ。
「それではこの熱気のまま行きますよ!Cグループ代表──暁のVTRです!!」




