第95章「最初の衝撃」
──静寂を切り裂くように、ピアノが強く叩かれた。
美月が鍵盤に身を預け、低音から高音へと駆け上がるイントロが、武道館の空気を一瞬で塗り替えていく。
マイナー調のコードが、裏拍主体の8ビートに乗って刻まれる。
観客の視線がステージ中央に集まった瞬間、美月がマイクを握り、迷いのない声で歌い出す。
今日も鏡で笑顔の練習
上手く笑わないと 落ち込むのは自分自身
不思議な変拍子感を孕んだメロディ。常人にはとても真似できないリズムの流れを、美月は難なく乗りこなしていた。
aiko特有のブルーノートさえも、彼女の声色に染め上げられていく。
「……美月、やばいね」櫻井が息を呑む。
「うん。めっちゃ上手くなってる」片寄が小さく頷いた。
ステージにはホーンセクションが加わり、豪快にリズムを押し上げていく。
「おい、あのホーンセクションどうなってんだよ……」矢吹が思わず声を漏らす。
「完璧ですね」有村が短く評した。
「感心してらんないよ。これと戦うんだから」宮下が唇を噛む。
この間はすれ違ったんだ だけど声は掛けられなかった
曖昧なお辞儀は逆に嫌 この気持ち冷めてしまう前に
歌詞は片思いの揺れる感情を綴ったもの。
だが今のNoëlsは、それを──どれだけ苦しくても音楽をやめられない自分たちの心情として歌っていた。
観客は息を呑み、波のような歓声が再び湧き起こる。
「……グルーヴも合ってる。完成させてきたな」田村が呟いた。
もっと心躍る世界が すぐ隣にあったとしても
乱れたあなたの髪に触れられるこの世界がいい
ラストサビへ。Noëlsの盛り上がりは最高潮に達し、それに同調するように観客のボルテージも一気に上がっていく。
「いきなりこれかよ……やべぇな、Noëls」田村はそう言いつつ、なぜか嬉しそうに笑っていた。
「美月!ありがとう!」
観客席から歓声が飛ぶ。
演奏が終わると同時に、武道館を揺らすほどの大きな拍手が響いた。
「ありがとうございましたー!」
MCが駆け寄るように声を上げる。
「いやぁ、いきなり皆さんのボルテージをMAXに上げてしまいましたね〜! 素敵なステージでした!」
観客がうなずきと拍手を重ねる中、MCはすぐに次へと進む。
「続いては──Bグループ代表、Quiet SWAYです! まずはこちらのVTRをどうぞ!」
***
映像が流れる裏で、Quiet SWAYのメンバーは淡々と準備を始めていた。
「あ〜あ、こんなにボルテージ上げちゃって」橘があくびを噛み殺しながら、ベースのストラップを肩にかける。
北村はストレッチをし、田辺はスネアの感触を軽く確かめている。
「……こいつらほんと緊張感ねぇな」矢吹が呆れたように言う。
「それが魅力なんだろ?」田村が肩をすくめる。
「あ、レゾナンスさぁ」橘がこちらを振り返る。
「なんだよ?」田村が警戒する。
「俺ら勝つから、帰っていいよ〜」
「は? ……なにを……」田村が目を丸くする。
「珍しいですね。橘くんがそんなこと思ってるなんて」有村が淡々と口を挟む。
「悪いけどさ」北村が笑みを浮かべる。
「俺ら、こんな感じだけど……勝つ気満々だよ」
「いつも通りやらしてもらう。それで勝つ」田辺の声は静かで、それだけに説得力があった。
「……やってみなよ」宮下が珍しく前のめりに言い返す。
燃えるような眼差しをQuiet SWAYに向けた。
「じゃ、行ってくるね〜」橘が軽く手を振る。
ちょうどその時、紹介VTRが終わり、MCの声が会場に響く。
「それではお待たせしました──Bグループ代表、Quiet SWAYのステージです!!」




