第93章「決勝準備」
朝の武道館は、すでにざわめきで包まれていた。
青空の下、入り口には長蛇の列。スタッフや関係者、そして観客たちが続々と集まり、独特の熱気を帯びている。
正面に立ち、宮下が口笛を吹いた。
「……お金かけたね〜」
有村が隣で軽く息を吐く。
「まさかここでやるとは」
櫻井はキーボードケースを抱きしめるように持ちながら、小声でつぶやいた。
「緊張しちゃう……」
矢吹はドラムスティックを指で転がし、ニヤリと笑う。
「ビビんなよ、全員倒すぞ」
片寄は背筋を伸ばし、視線を正面に向けた。
「問題ない。いつも通りいこう」
そこへ、高木が受付から駆け戻ってきた。
「受付、終わりました!」
田村が深くうなずく。
「よし──いこう」
扉の向こうには、すでにステージへと続く通路が伸びている。
観客席はまもなく満員となり、武道館全体がひとつの巨大な心臓のように脈打ち始めていた。
「高木!こっちだ!」
呼び止める声に、高木が振り向く。スタッフの松浦が手を振っていた。
「ありがとうございます! 皆さん控え室へお願いします、自分はやることがあるのでまた!」
「頼んだ!」田村が短く答える。
「じゃあ──最終調整と行くか」
控え室の扉を開けると、張り詰めた空気が飛び込んできた。
Quiet SWAYと竹村が、互いに顔を真っ赤にして睨み合っている。
「そんな考えだから、お前らは選ばれなかったんだよ」竹村が吐き捨てる。
「うるせぇな」田辺が立ち上がった。「お前が居なくなってくれたおかげで、Quiet SWAYは良くなったんだよ」
「アーティストじゃなくなったお前には負ける気がしないな」北村が続ける。
「言ってろ。お前らじゃ勝てない」竹村は鼻で笑った。
「あれが竹村か……」矢吹がぼそりとつぶやく。
「なんか感じ悪い」櫻井が眉をひそめる。
「ほっとこ。それより仕上げようぜ」宮下がギターを肩にかける。
「今日は馴れ合う必要ないですし」有村が淡々と付け加えた。
その間、片寄と美月の視線が一瞬交わった。
言葉はなかった。ただ、決勝で会うことをお互いが理解していた。
「じゃあ始めよう。15小節目の部分なんだけど……」
田村の声を合図に、〈レゾナンス〉は調整を始めた。
***
その頃、高木は静かに社長室のドアをノックしていた。
「どうも」
「何しに来た?」社長は椅子にもたれたまま言う。
「最後にご挨拶にと思いまして」
「ほう、よくわかってるじゃないか。例えレゾナンスがうちに入ろうが、お前はいらないからな」
「そうじゃないですよ」高木の口元がわずかに笑う。「お前に敬語を使うのがこれで最後って意味だ」
「ははは、相変わらずダメなやつだな」
「レゾナンスが勝った時の条件、田村さんは何も要らないと言いましたが……」
「ん?」
「自分と賭けませんか?」
社長の目が細くなる。
「何を賭ける?」
「うちが負ければ、社長の元で働く。──うちが勝てば…………………」
数秒の沈黙のあと、社長は口角を上げた。
「面白い。いいだろう」




