第92章「最終決戦への足音」
スタジオの空気は熱を帯び、夜中だというのに誰一人やめようとする気配がなかった。
〈レゾナンス〉は猛練習を続けている。
「おい皆、そろそろ寝よう。昨日からやりすぎだ」
田村が椅子にもたれながら、苦笑まじりに声をかける。
「大丈夫!」櫻井は鍵盤から手を離さずに笑った。「結衣ちゃん、C♯5出し続けてるけど、喉は平気?」
「問題ない!」片寄は息を整えながらきっぱり答える。「それより由奈、この曲のグルーヴは由奈が作るんでしょ?もっと遠慮せずにやりたいことやって」
「ははっ、なれないカントリー系のギターだけど、ちゃんとこなせるんだろうな宮下?」矢吹がニヤリとする。
「余裕だよ〜」宮下は肩を回す。「それよりサビのドラムのフィル、鬼ムズだけどミスっちゃいかんよ?矢吹くん」
「皆さん、もう少し裏拍強めましょ」有村が淡々と助言する。「櫻井さんに寄り添う形で、ラインは僕が作りますから」
「お前らな……いい加減寝ろよ。まだ時間はあるんだから……」田村は呆れたように笑う。
「そういう田村さんだって、今までの全テイクまとめてるんだから神経疲れてるでしょ?」有村がからかう。
「それがさ、今までで一番元気なんだよね」田村は笑い、手元の譜面に視線を落とした。
〈レゾナンス〉の熱気は、夜が明けても冷めることはなかった。
***
同じ頃、別のスタジオ。
「もうちょい休憩〜」橘がソファに横たわる。
「え〜、何時間寝るんだよ」北村が呆れる。
「いいよ、橘はそれで」田辺は淡々と言う。「それよりイントロのとこ、もっかいやろ」
「そうだな!最初で一気に掴もう」北村が頷く。
「そしたらソロからよろしく」
橘は寝転がったまま、スマホで翻訳アプリを開き、歌詞を調べ始めた。
Quiet SWAYは、いつもの気怠げで洒落た雰囲気を崩さず、じっくりと音を磨いていく。
***
別のリハーサルルームからは、甲高い笑い声が漏れていた。
「サビ最高!! もっかいやろ!!」
美月が手を叩く。
「ねー、美月、今回は流石にやりすぎじゃない? 新メンバーのみんな結構な歳なんだよ?」
「やだ!まだまだやるよ!」
「ほんと楽しそうだよね〜。まぁ、そっちの方が美月らしくていいや」
Noëlsのギターとベースの二人は、以前落ち込んで帰ってきた美月の姿を思い出していた。
だからこそ、今の彼女の笑顔が嬉しかった。
彼女たちのセッションは、楽しみながらも着実に形を成していく。
***
夜、高木は古巣の事務所を訪れていた。
「久しぶりだね」
振り向いた一条メイが、短くそう言った。
「うん、久しぶり。何しに来たの?」
「今度の決勝で、自分がマネージャーしてるバンドが出るんだ。ライバルに挨拶しようかなと」
「へー、今度の担当は大事にしてるんだ?」
「自分が担当するアーティストは全員大事にしてきたよ。もちろん君もね」
一条メイは唇を歪めた。
「言っとくけど、昔とは違うよ? 私のレベル」
「あぁ、楽しみだよ」高木は静かに返す。
そこへ背の高い男が入ってきた。
「失礼、あんたメイの元担当?」
「君が竹村くんか?」
「うん。今回の決勝は面白いカードになったよね。Quiet SWAYは俺の元いたバンドなんだ」
「え? じゃあ北村くんに田辺くんは……」
「そ、元チームメイト。なんか俺だけスカウトされちゃったから嫉妬でクビになっちゃった。まぁどうでもいいけど、あんなバンド」
「色々とあったみたいだね」
「昔の話さ。俺とメイで勝つ。そしたらそっから俺はドラマに行く。メイは歌手やんの?」
「どっちでもいい。儲かる方」メイはあっさりと言い切った。
「そういうことだから、よろしくね、レゾナンス」竹村が笑みを浮かべる。
「あぁ、よろしく」
高木は軽く頭を下げ、かつての職場を後にした。




