第90章「利権の匂い」
社長室の空気は、鉛のように重かった。
壁際の時計の針が、やけに大きく時を刻んでいる。
沈黙を破ったのは、田村だった。
「……なぜ、このイベントに入ってきたんですか?」
社長は、薄く笑みを浮かべる。
「お金の匂いがしたからだ。私は商売人だぞ。動くのは当たり前だ」
高木が静かに口を開く。
「……相変わらず好きですね。利権とお金が」
社長の視線が鋭くなる。
「お前に何がわかる? ことごとく私のビジネスの邪魔をしおって」
「邪魔をしたんじゃありません。自分は、アーティスト側に寄り添っただけです。彼らがいて初めて、商売が成り立つんじゃないですか?」
社長は鼻で笑った。
「そんなものはいくらでも出てくる」
「……そんな考えだから!」
高木の声が、室内に鋭く響いた。
田村がすぐに手を上げ、冷静に制す。
「よせ、高木」
そして、再び社長に向き直った。
「社長、今回のイベントは今後どうされるつもりですか?」
「せっかくここまで盛り上がったオーディションだ。利用するに決まっているだろう」
「……続ける、ということですね?」
「ああ。だがやり方は変える。無料配信など以ての外だ。有料配信に切り替え、投票ではなくチップ制にして、売上で勝敗を決める」
高木が、即座に声を荒げる。
「それだと多くの票は集まりません! 悪評が流れますよ」
「言いたいやつには言わせればいい。利益が大事なんだ」
社長の声音は、微塵も揺れなかった。
──3人の話は、平行線のまま、じわじわと熱を帯びていく。
高木がふと、低い声で切り出した。
「……前から聞きたかったんですけど。社長にとって、音楽って何ですか?」
「商売道具だ」
即答だった。
「……相変わらず腐った考え方ですね」
「だからお前はダメなんだ」
社長の目が細くなる。
「世の中にはな、電気や水を作る人たちがいるんだぞ。そんな中で、たかが音楽で飯が食える。これほど甘い仕事はない。会社のために曲を作り、飯を食う──それの何が悪い?」
「馬鹿にするのもいい加減に!」
高木が立ち上がる。その肩を、田村が押さえた。
「やめろ、高木! この人の言ってることが、全て間違ってるわけじゃない」
社長が鼻で笑う。
「ははは、君はまだまともな考えをしているみたいだな。アーティストという生き物は何も分かっていない。曲の著作権、グッズ販売、ファンクラブ……音楽だけで食えると思うなよ。結局こういうものがなければ、奴らは生活できん。子どもと同じだ」
「……確かに、アーティストが自立して生活するのは難しい。そのためにプロダクションがある」
田村の声は落ち着いていた。
「なかなかわかっているじゃないか」
「ただし──会社のための曲じゃない」
社長の笑みが消える。
「どういう意味だね?」
「曲は、聴く人のものです。そのためにアーティストは命を削って作ってる!」
田村の声が、一気に熱を帯びた。
高木は思わず目を見張る。ここまで感情を露わにする田村を、初めて見た。
「著作権だ、ファンクラブだと偉そうに……そんなのはただの仕事だ! 結局アーティストがいなきゃ、あんただって食えないくせに! プロダクションとアーティストは、対等なんだよ!」
社長は一拍置き、口角を上げた。
「私に喧嘩を売るのは、君が初めてだよ。……いいだろう。そこまで言うなら、今回のオーディションで決着をつけようじゃないか」
「……それはつまり?」と高木。
「無料配信で、投票制だったな。君らが勝つか、Cグループの我々が勝つか」
「やり方を戻して、勝負するんですね?」
「あぁ。そして、我々が勝てば──君たちは私の会社で働いてもらう」
「いいですよ」
田村が即答する。
「田村さん! ちょっと……」と高木が慌てる。
「君らが勝ったら?」と社長。
「何もかけない方がいいですよ。……俺らが勝つんで」
社長の目が細くなる。
「君は面白いな。当日を楽しみにしているよ」
2人は社長室を後にした。
廊下に出た途端、高木が小声で問う。
「……いいんですか、あんな約束して」
「大丈夫。それより──高木、Cグループの情報、絶対に見逃すなよ」
「え?」
田村は前を向いたまま、静かに言い放つ。
「レゾナンスは、Cグループと同じ路線で勝負する」




