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Ensemble Session  作者: たぬきち


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第89章「Cグループ」


 レゾナンスの控室。

 田村と高木は、机の上に広げた資料を前に、沈黙していた。


 「……おかしいな」

 高木が眉をひそめてつぶやく。


 「なんの情報も上がってこない。Cグループの代表、発表されてるはずなんですが」


 田村も頷きながら言う。

 「妙だよな。ここまで来て、名前すら出てこないなんて。前代未聞だろ」


 2人はネットやSNS、業界筋の情報に目を通すが、どこにもCグループ代表に関する情報はない。

 あまりにも不自然な沈黙──その時だった。


 高木のスマホが震えた。


着信画面に見慣れた名前が浮かんだ。


「……今回のイベントを開催しているプロダクションの松浦さんだ」


電話に出ると、いきなり低く切迫した声が飛び込んできた。


「高木……大変なことになった。もしかすると、うちの会社、このイベントを降りるかもしれない」


 「……は?」

 高木は思わず声を上げる。


 「どういうことですか、それ」


 「峯岸……来てたろ? あいつの会社がCグループ代表のバンドをスカウトしちまったんだ」


 高木の表情が一変した。


 「……え?」


 「彼ら、オーディション辞退してさ。プロとして即契約。うちとしては最悪の事態だが、本人たちの人生を考えたら……責められないよな」


 「それで……代表不在?」


 「ああ。一度審査し直して、Cグループ代表を選び直す……はずだった」


 「“だった”?」


 「峯岸の会社が、代わりに2人のボーカリストを送り込んできやがった。自社所属の若手だ」


 高木は息を呑んだ。


 「……あの会社、またそういうやり方か」


 「うちの社長がな、金に負けてそれを承諾したんだよ。正直、もうやってらんねぇよ」


 沈黙の後、高木が静かに口を開いた。


 「つまり、Cグループには本来の代表はいない。峯岸の会社が“ねじ込んだ”2人が代わりに出てくる」


 「ああ。そして今夜、その決定について最終会議がある。……実は社長がこのイベントごと、お前が前にいた会社に売り渡そうとしてる」


 高木の指が、無意識に震えた。


 「それは……まずい。あそこに渡ったら、この企画は終わりだ」


 「俺たちは全員反対したが、社長の意志は固い。……高木、お前からも説得してくれないか」


 「……自分からですか?」


 「昔から社長は、ライバル会社であるはずのお前のことは高く買ってた。お前しか言えないことがあるんじゃねぇか?」


 しばらくの沈黙。

 やがて、高木はゆっくりとうなずいた。


 「……わかりました。今回の件、自分にも関係ありますし」


 「頼む。すまん……いつもお前にばかり」


 「今に始まったことじゃないでしょ」


 電話を切ると、田村が不安げに尋ねた。


 「どうだった?」


 高木は、肩の力を抜くように息を吐いた。


 「……やばいです。Cグループ代表、いません。辞退です」


 「は……? なんで?」


 「自分が元いた会社が横取りしました。そのバンドをスカウトして、契約成立。代わりに、別の若手2人を代表として送り込んできた」


 田村はあからさまに顔をしかめた。


 「なんだそりゃ……無茶苦茶じゃん」


 「ですよね。だから、社長を説得してきます。田村さんも来ますか?」


 「……ああ。何ができるかわかんねぇけど、放ってはおけねぇ」


 「ありがとうございます」


 高木は立ち上がり、視線を前に向けた。

 その背に、かつての挫折が、静かに重なっていた。


──その日の夕方。


 高木と田村は、急ぎ松浦の会社へと向かっていた。

 高木の表情は険しく、田村もまた口を固く閉ざしていた。


 会社に着くと、2人はそのまま社長室へと通された。


 重たい扉を開けると、室内には二人の男が座っていた。


 一人は、松浦の社長。そして──もう一人は。


 「……社長」


 かつて高木が仕えていた、元社長だった。


 「……あ? 高木か?」

 社長は驚いた様子も見せず、鼻で笑う。


 「こんなとこで何してる?」


 松浦の社長がすぐに立ち上がる。


 「では、私はこの辺で……あとはお任せします」


 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 田村が呼び止めたが、松浦の社長はバツの悪そうな顔でそそくさと部屋を出ていってしまった。


 


 重苦しい沈黙が室内に流れる。


 高木が、一歩踏み出す。


 「……社長、その節はお世話になりました」


 その言葉を、社長が遮るように吐き捨てた。


 「まだ音楽に関わっているのか?」


 その声は冷たく、軽蔑すら滲んでいた。


 「お前には利益を生み出す才能がない。今すぐ、辞めてしまえ」


 高木の拳が、無意識に震えた。


 だが、視線は逸らさなかった。


 「……いつまでも、自分のことを“部下”だと思わないでください」


 社長が、わずかに眉を動かした。


 「……何だと?」


 思わず田村が割って入る。


 「お、おい高木、落ち着けって……」


 そして仕切るように前に出る。


 「初めまして、田村と申します。今回のオーディションで、Dグループの代表を務めているレゾナンスの関係者です」


 少し間を置いて、続けた。


 「高木さんにはマネージャーとして動いてもらってます。今回の件──Cグループの代表の交代、そしてイベントの譲渡に関しては、僕たちにも無関係じゃないんです。ぜひ、お話を聞かせてください」


 社長は、皮肉げな笑みを浮かべる。


 「……何も話すことなどないが」


 そして、ひと呼吸おいて椅子の背にもたれた。


 「……まぁいいだろう。話してみろ」


 


 重い扉が閉じられ、静かな空気が満ちる。


 交わることのなかった過去と現在が、今まさに、真正面からぶつかろうとしていた──。


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