第85章「揺れる天秤」
──オーディション翌日。〈レゾナンス〉の面々は、事務所に戻っていた。
高木翔が、皆の前に立つ。
「皆さん、お疲れ様でした!」
「……やりきったな」
田村奏真が、椅子に深く腰を下ろしながら、ふっと息を吐いた。
〈レゾナンス〉の5人は、各々が自分のペースで座り込んでいた。
緊張が解けた分だけ、全身に疲労が押し寄せる。
「──はぁ……終わったなぁ……」
矢吹慎二が壁にもたれかかってつぶやく。
「終わった、って言っても、結果はこれからでしょ?」
櫻井由奈が、ピアノの椅子に腰掛けながら答えた。
片寄結衣は、ペットボトルを握りしめたまま、黙っていた。
唇がわずかに震える。言葉よりも、感情が先にこみ上げてくる。
──やりきった。
それだけは、胸を張って言える。
「片寄さん、めちゃくちゃ良かったですよ」
有村康太が静かに声をかける。
「……ありがとう。有村くんのベースに支えられてた、ほんとに」
田村奏真は、開いたノートPCを見つめたまま無言だった。
何度も見返してきた譜面は、もう不要になっている。
──終わった。
けれど、戦いはまだ終わっていない。
そのとき、高木が電話を終えて戻ってきた。
珍しく、表情に読み取れないものを宿している。
「……まだ最終結果は出てません。審査員たち、かなり割れてるみたいです」
「割れてるって……どっちとどっち?」
宮下辰馬が尋ねる。
「〈レゾナンス〉と、《Neon Waltz》」
一同が黙り込む。
だが、それは驚きの沈黙ではなかった。むしろ納得、あるいは覚悟のような──静かな確信だった。
「そりゃ、あの三拍子の《中央フリーウェイ》見せられたら、そうなるよなぁ」
矢吹が小さく笑う。
「でも、こっちもちゃんとぶつけた。……後悔はない」
片寄の言葉に、皆が頷いた。
高木が少し言葉を置いてから、続けた。
「審査員の一部は、“今売れるのはどっちか”って観点。もう一方は、“数年後に残るのはどっちか”で考えてるみたいです。どっちも間違ってない」
「……だから割れてるんだな」
田村が静かに呟く。
「最終的には、委員長の一言で決まるでしょう。今も、全員の視線がそこに集まってるはずです」
部屋に一瞬、静寂が降りた。
その中で、矢吹がふいに立ち上がる。
「俺さ、結果がどうなろうと、今日のステージは“勝った”って言えるわ。あんなん、もう二度とできねぇ」
「同感」
宮下が微笑んだ。
「今までで一番、熱かった」
有村、櫻井、片寄──それぞれの視線が自然と交わる。
今はまだ途中。でも、確かに“何か”を超えた感触があった。
そんな空気の中で、田村が立ち上がる。
「──よし、じゃあ決勝の準備、始めようぜ」
「えっ」
宮下が振り返る。
「リーダー? 結果、まだ出てないってば」
「でも、勝つよ。……みんななら」
「おいおい、どうしたんだよ急に」
矢吹が笑いながらツッコむ。
「選曲、まとめてくるから。アイデアあるなら言ってくれよ?」
そう言って、田村は自分の部屋へと戻っていった。
「……田村さん、疲れてんのかな?」
櫻井がぽつりと漏らす。
「いや、あれが田村さんですよ」
有村が即答する。
「そうなの?」
片寄が問い返すと、矢吹が頷いた。
「出会ったときから燃えてるやつだった。むしろ一周回って戻ってきたって感じ」
「変わったのは、俺たちの方かもな」
宮下がつぶやく。
「そうかも。……田村さんが正しいのかもね。今やるべきことは、“次”を考えること」
片寄が、静かに言った。
「……っち、俺らしくねぇな。結果がどうなろうがなんて。俺たちは“勝つ”」
矢吹が握った拳を見つめながら言う。
「それでこそ矢吹くんだよ!」
櫻井が笑顔で返す。
「さぁ、みんな! 次はどんなジャズの曲やる?」
「櫻井だけは変わんないよな」
宮下が笑い、空気が少しだけ和らいだ。
──そのとき。高木のスマホが震える。
「……はい。お疲れ様です。……ええ、はい……」
田村が勢いよく戻ってくる。
皆の視線が、高木に集中する。
「……はい、ありがとうございました」
電話を切ると、高木は一同を見渡し、口を開いた。
「皆さん、Dグループ代表──
〈レゾナンス〉です!」
「よっしゃあああああああああ!!」
一同は立ち上がり、拳を突き上げた。
歓喜と安堵が入り混じる、その声は──新しいステージの始まりを告げていた。




