第84章「重ねた日々の音」
翌日──
〈レゾナンス〉の面々は、再び会場入りしていた。
受付を済ませ、前日と同じ控え室に荷物を置くと、皆それぞれ静かに準備を始める。
「……緊張してる?」
櫻井が声をかけると、片寄はふっと笑って首を振った。
「大丈夫。昨日の彼女たちの演奏で、むしろ吹っ切れたかも」
そう言って鏡に向かい、髪をまとめる仕草に迷いはない。
矢吹はストレッチをしながらリズムをとり、有村は指の関節をひとつひとつ丁寧にほぐしている。
田村はノートパソコンで、最後の譜面チェックに目を走らせていた。
「……通すの、これで10回目か」
宮下がギターを調整しながらぽつりとつぶやく。
「でも、一番いいテイクを今日出す。それだけだろ」
田村の言葉に、全員が頷いた。
そのとき、控え室のドアがノックされる。
「〈レゾナンス〉さん、本番まであと二十分です。音出しをお願いします」
係員の声に、一同が立ち上がる。
「よし、いこう」
矢吹の短い一言で、全員がスタジオモードに入った。
──会場では、昨日に引き続きオーディションが続いていた。
「うーん……やっぱり昨日のNeon Waltzで決まりかなぁ」
「悪くはないんですけどね。でも一番となると、彼女たちでしょう」
そんな審査員たちの間で交わされる会話。
──そして、〈レゾナンス〉の出番が訪れる。
ステージ袖から見つめる高木と田村。
静かに、しかし確かな祈りを込めて、ステージに立つ5人を見送る。
宮下と矢吹が、一音目から鋭いコンビネーションでリズムを刻み始める。
ハイテンポでスリリングな音の波が、会場を包んだ。
有村と櫻井も、テンポに食らいつくように応える。
──そして、片寄が歌い出す。
> 夏になる前に この胸に 散る花火を書いた
ヨルシカの《夕凪、某、花惑い》。BPM220のハイスピードなこの楽曲を、〈レゾナンス〉は堂々と、そして正確に叩きつける。
矢吹のドラムは、彼にとって過去最高に手数の多いパートだ。だが、迷いはない。
片寄のクリアなボーカルが、真っ直ぐに聴く者の胸を貫く。
宮下はアルペジオで歌を美しく支え、有村は彼の得意とする「支えるベース」を、超高速でこなしきる。
櫻井のピアノは、ただの伴奏ではない。音楽の色彩を決定づける、強い骨格だ。
──レゾナンスは、完全に“本番”を制していた。
サビの転調、櫻井の3連符、サビ終わりの有村の難関フレーズ。
誰一人ミスなく、すべてを完璧に再現する。
宮下と矢吹は、変拍子ぎりぎりのリズムを崩さず、
片寄は──自然体のまま、高音パートを見事に歌いこなした。
会場の空気が、一気に反転していく。
「これは……」
「わからなくなってきましたね……」
審査席がざわめく。
曲が終わり、片寄が一礼する。
「ありがとうございました!」
その声を皮切りに、会場には割れんばかりの拍手が巻き起こる。
観客の中には、敵だったはずの演奏に涙ぐむ者すらいた。
《Neon Waltz》の二人──そのうちの一人は、袖で涙をこぼしていた。
──オーディションは、全て終了した。
「みなさん、お疲れ様でした。では、結果は後日発表させていただきます」
司会者のアナウンスが響き、舞台がゆっくりと暗転する。
その頃、審査席では早くも議論が始まっていた。
「……実力で見せてきたのは、〈レゾナンス〉だ」
「でも、話題性で言えば《Neon Waltz》ですよ。初手でバズらせられるのは大きい」
「いや、〈レゾナンス〉の実力はプロの中でも通用するレベルだ。売れるかどうかなんて、後からいくらでも仕掛けられる」
「とはいえ、《Neon Waltz》には伸び代がある。発展途上のグループが勝ち上がっていく──視聴者が求めているのは、そういうストーリーじゃないですか?」
「〈レゾナンス〉にだって、ストーリーはある。実力だけじゃない、映像を見れば分かる。幅も、ドラマ性も持っている。──弱点のないバンドだ」
「……それが逆にリスクだ。完璧なものには、飽きが来るのも早い」
全員の視線が、審査委員長に向けられる。
「委員長、どうです?」
しばらく沈黙した後、重々しい声が返ってきた。
「たしかに、《Neon Waltz》の受けはいい。ああいうグループは珍しいし、推しやすい。だがな──〈レゾナンス〉も“まだ完成していない”」
「え……?」
「彼らにはまだ“上”がある。あれで完成形じゃない。……長年この業界にいて分かるよ。あれは、ただのプロじゃない。“スター”になるバンドだ」
──審査員たちの議論は、結果発表の直前まで続くこととなった。




