第83章「夜に踊るワルツ」
ステージの照明が落ち、静寂が訪れる。
その中で、ぽつり──と、テナーサックスの低い音が鳴った。
《Neon Waltz》の演奏が始まった瞬間、場の空気が一変する。
流れ出したのは、どこか懐かしく、けれど新しい旋律──松任谷由実の《中央フリーウェイ》。
だが、原曲とはまったく異なる。
「……これって」
田村奏真が、ぽつりと呟く。
「三拍子の、ワルツアレンジ」
片寄結衣が、目を見開いたまま言葉をつむぐ。
「大胆なアレンジだな」
矢吹慎二が、腕を組みながらつぶやいた。
「でも、めちゃくちゃいいよ……」
櫻井由奈の声は、驚きと憧れが混じっていた。
「幅で来たね。これは読めなかった」
宮下辰馬が目を細める。
「それに、あのテナーサックス……只者じゃない」
有村康太が、演奏に耳を澄ませる。
「見事なアレンジですね。まるで……街の喧騒が、夜に変わっていくみたいだ」
高木翔が、モニター越しに息を呑んだ。
片寄は、じっとステージを見つめたまま、唇を噛みしめる。
「……歌も、昔と全然違う。あんなにピッチもリズムも甘かったのに……今の彼女たちは、繊細に、でも力強く響かせてる」
観客席が、ざわつく。
「えっ、これ……あの曲……?」
「嘘でしょ、ワルツ!? でも、めちゃくちゃかっこいい……」
そのざわめきは、徐々に感嘆に変わり、会場の空気が《Neon Waltz》一色に染まっていく。
──審査席でも、声が上がった。
「……おー、これは素晴らしいアレンジだね」
「これ、決まっちゃったんじゃない?」
「音楽性、完成度、パフォーマンス……文句なしだろう」
「ていうか、これプロでも通用するぞ……」
〈レゾナンス〉の面々は、黙ってその音を聴いていた。
ただひとつ、全員の胸に浮かんでいたのは──
「……まずいな」
演奏が終わると、ステージ上の二人のボーカルのうち、右側の少女が一歩前に出た。
マイクを握ったまま、静かに──けれど、明確な意思を込めた声で語り始めた。
「……私たちは、ずっと負けてきました」
会場に静寂が戻る。
「いつも、たったひとりの女の子に……どうしても、勝てなかった」
その視線は、まっすぐ客席のどこかを見つめていた。
「ユイ。あなたに、勝ちたくて、ここまで来ました」
名指しされた瞬間、控え室の〈レゾナンス〉に緊張が走る。
「このオーディションにあなたが参加していると聞きました。だから、私たちも来ました。──絶対に、負けません」
言い終えると、少女は静かに一礼し、ステージのライトが落ちた。
「……喧嘩売られてるぞ、片寄」
矢吹が低く笑いながらつぶやく。
「やめろって、お前まで煽るなよ」
宮下が少し肩をすくめる。
「片寄さん、冷静にお願いしますよ」
有村も真顔で牽制を入れる。
「ぶちかまそう、結衣ちゃん!」
隣で櫻井が拳を握って励ます。
「こら櫻井」
田村が思わずツッコミを入れるが、片寄はすでに前を向いていた。
「……絶対、負けない」
その瞳には、決意の光が宿っていた。
「……あー、スイッチ入っちゃいましたね」
高木が、やれやれといった顔で肩をすくめた。
そこへ、オーディションの司会者がアナウンスを入れる。
「本日のオーディションは、これにて終了となります。明日は13時より再開いたします。参加者の皆さま、お疲れさまでした」
空気が一度ふっと緩む。
「じゃあ、一旦帰りましょうか。……さっきの人に、挨拶してきてもいいですか?」
高木が全員を見渡しながら言う。
「ああ、俺たちは先に戻ってるよ」
田村が頷き、〈レゾナンス〉は荷物をまとめて控え室を出ていった。
──高木は一人、プロダクション関係者の部屋へと向かう。
ドアを開けると、中から声が飛んできた。
「おう、高木! お疲れさん!」
がっしりとした体格の男が立ち上がり、軽く手を振る。
「最後のあの子ら、すごかったな。やべぇんじゃねぇか?」
「いえいえ、うちは負けませんよ」
高木は軽く笑って頭を下げる。
「では、また明日。よろしくお願いしますね」
そう言って立ち去ろうとしたとき──男の声が再び背後からかかった。
「……高木、ちょっといいか?」
高木が立ち止まり、振り返る。
「どうしたんですか?」
男は少し声を潜めた。
「……峯岸っていたろ? お前の前いた会社の同期だったよな」
「ええ。峯岸が、何か?」
「……来てたぞ。会場に」
その言葉に、高木の眉がぴくりと動く。
「でも、今回のオーディションはあなたのところが主催じゃ……峯岸の会社は関係ないはずでは?」
「分からねぇ。あいつら、何をするか……気をつけろよ」
重たい一言に、高木は静かに頷いた。
「……わかりました。ありがとうございます」
その声には、確かな警戒と覚悟が宿っていた。




