第80章「未来のために」
「どうか……どうか、受かりますように!」
深夜の事務所に、片寄結衣の小さな声が響いた。
高木翔は真剣な表情でパソコンに向かっていた。画面には、先日のライブで撮影された《Chandelier》の映像。SNSで話題となったそのパフォーマンスを、彼は慎重に再確認している。
「……よし、送信完了。これで一次審査用の映像は提出されました」
「ほんとに……これが、始まりなんだね」
隣で見守っていた田村奏真が、コーヒーをすすりながら言った。
「でさ、オーディションって、詳しくはどんな感じになるんだっけ?」
「はい。順を追って説明します」
高木は、あらかじめ用意していた資料を画面に映し出す。
「今回のプロジェクトは、全国からバンドを募って、4つのグループに分け、それぞれのチームで演奏・パフォーマンスを競い合います。一次審査は音源と映像での選考。通過すれば、二次審査でライブパフォーマンス。ここで各グループから代表バンドを1組ずつ選びます」
「ってことは、代表が4組……そのあとが決勝?」
「はい。決勝は、視聴者投票です。一番多くの票を集めたグループが、メジャーデビューを勝ち取るという流れですね」
「なるほどね……」
片寄はソファに座り直しながら、じっと天井を見上げた。
「まずは、ライブ映像で通るか……で、もし二次に進めたら、どうするの?」
「そこだよな……」田村が小さくうなずく。「今回は選曲ってより、“レゾナンスそのもの”が見られると思う」
「そうですね。バンドの色、空気感、完成度……そういう部分を総合的に判断されるはずです」
高木は手帳を確認しながら続ける。
「ちなみに〈レゾナンス〉が割り振られるのは、Dグループ。対戦相手がどんなバンドなのかは、当日まで明かされません」
「……ってことは、対策はできないってことね」
結衣がぽつりと呟く。
「結局、自分たちの音でストレートに勝負するしかないか」
「うちは、いろんなジャンルをやってきたからなぁ。逆にどんな曲を選ぶか、悩むな」
田村の声に、高木がうなずく。
「その辺は、みんなが戻ってきてから相談する予定です。片寄さん──なにかやってみたい曲、ありますか?」
「……そうだな」
片寄は少しだけ目を伏せて、考えるように言葉を選んだ。
「たぶん、ロックか、ロック以外かの二択になると思う」
「ん? どういうこと?」田村が尋ねる。
「シンプルに、ロックパフォーマンスで“勢い”や“音の力”を見せるか。あるいは、ロック以外のジャンルで“表現力”とか“幅の広さ”を見せるか……ってこと」
「なるほど……」
高木は腕を組み、深くうなずいた。
「確かに、多くの応募バンドはロック系が多いはずです。そこで正面から勝負するか、それとも“引き出しの多さ”で印象づけるか……」
そのとき、玄関の引き戸がガラッと音を立てて開いた。
「終わったぞー!」
矢吹慎二の声が、スタジオに響く。
「終わりました!」
有村康太が、いつものベースケースを肩にかけて現れる。
「おつかれー!」
続いて櫻井由奈、そして宮下辰馬も、汗を拭きながら戻ってきた。
「さて──これで全員集合だな」
田村が立ち上がり、軽く手を叩いた。
「じゃあ、改めて。ここから本格的に、勝負の準備、始めようか」
少し間を置いて、田村がふと思いついたように言った。
「ちなみに……みんな、オリジナルでやってくるってことは……ないのかな?」
「あ、言い忘れてましたが、今回はカバー曲のみとなりますよ!」高木が即座に答える。
「田村、助かったな」矢吹がニヤリと笑った。
その一言に、全員が思わず笑った。
「審査は1回きりです。皆さん、どんな曲をやりたいですか?」高木が話を戻す。
「そりゃロックだろ」矢吹が即答する。「単純に力比べでうちは負けねぇよ」
「えー、ジャズ系とかさ、普通にポップとかありじゃない? なんかロックだと被りそう」櫻井が言う。
「被るとしたらラッキーかもよ? 俺たち上手いじゃん?」宮下が笑う。
「いやいや、油断大敵ですよ……そもそも一次通るのは実力派の人達ですから」有村が冷静にツッコむ。
「はは、片寄の言う通りになったな」田村が笑う。
「ではまず、ロックならどんな曲がいいですか?」と高木がみんなを見渡す。
「ASIAN KUNG-FU GENERATION、どうだ?」矢吹が提案する。
「わたし、MAROON5がいい!」櫻井がすぐに手を挙げる。
「サカナクションとかどうです?」と有村。
「the band apartとかかっこいいよ?」と宮下。
「はぁ……なると思った……」片寄は頭を抱えた。
「うーん……じゃあロック以外ならどうです?」高木が次のカードを切る。
……しかし、全員が少し沈黙する。
「こっちだとなかなか決められないですね……」有村が静かに言った。
「今回は場所にあった曲とかじゃないからね」片寄がつぶやく。
「うーん、いろんなジャンルやりすぎて、後悔することもあるのかぁ……」宮下が天井を見上げながら呟いた。
「ロックだと私のピアノ大丈夫かなぁ……」櫻井が心配そうに言う。
「ピアノというより、シンセだろ?」矢吹が返す。
「シンセやったことないもん!!」櫻井がむくれる。
「まぁまぁ櫻井さん、まだ時間ありますし、それにロックバンドでグランドピアノ使うアーティストだっていますよ」高木が優しくフォローする。
「よし、今回はストレートに勝負しようか」田村が立ち上がって言った。「真っ向勝負に勝てるかどうか、単純に上手いかどうかで、勝負しよう」
──その時、スマートフォンの通知音が鳴った。
高木が画面を確認し、すぐに電話を取り上げる。
「失礼、もしもし……はい、レゾナンスです。えぇ……」
全員の視線が高木に集中する。
「……来たか……」田村が小さくつぶやく。
高木が電話を切り、顔を上げる。
「皆さん──おめでとうございます! 一次、通過しました!!」
「おーっ!!!!!」
事務所に歓声が響いた。
「よし……!」田村がガッツポーズを決める。
次のステージへ。彼らの挑戦が、ついに動き出した。




