第75章「Chandelierに手を伸ばす」
「うおーっ!! すげぇー!」
機材の並ぶ新しい拠点──地下スタジオに足を踏み入れた瞬間、そのテンションは爆発した。
「なんだこれ! このモニター、ミキサー、マイクスタンド! なんかプロっぽくない?」
有村は一歩引いた位置から全体を見渡し、頷いた。
「……たしかに、これは気合い入ってるな」
矢吹はすでにドラムセットに目をつけ、試しにスネアを叩いていた。
「響きもいい感じだ」
櫻井はピアノに座り、ちょこんと手を添える。
「うん、いい音!」
片寄も静かに歩きながら壁の吸音材を指でなぞる。
「高木さん、これ……私たちのために?」
高木翔は照れくさそうに頷いた。
「皆さんの“事務所”だと思って使ってください! それと──明後日に迫ったライブの打ち合わせ、今からさせてください」
「よし、みんなやろうか!」
田村の声で、一同は機材から離れ、大きなテーブルに丸くなって座る。テーブルの脇にはホワイトボード。そこにはすでに「Next Live - 2 days」とだけ書かれていた。
櫻井が口火を切った。
「今までのカバー曲って、あいみょん、ZONE、ドリカムだったよね。次はどうする? 」
片寄が隣の高木に視線を送る。
「次の会場って、どんなところ?」
「地下のクラブになります。お酒を楽しむお客さんが集まる暗めのフロアですが、ステージもあって、雰囲気はかなり独特です」
「なんか……治安悪そうですね……」有村が苦笑する。
「別に問題ねぇだろ」矢吹が即座に返す。
「君が問題なんだよ、矢吹くん。すぐ喧嘩するんだから」宮下がからかうようにツッコミを入れ、一同から笑いが起こる。
高木は笑いを受け流しつつ、資料を手にした。
「今回は動画投稿も計画してます。会場側も撮影OKで、SNS拡散も期待できます」
「ってことは……今までのカバー曲だと雰囲気的にミスマッチかもな」田村が唸るように言った。
「そうね。クラブでやるなら、少なくともテクノとか選んだ方が自然だと思うわ」片寄が頷く。
「テクノか〜……私、ちょっと苦手……」櫻井が顔をしかめた。
「俺の出番あるんだろうな?……」矢吹がぼそり。
「じゃあ、あれとかどう? ダフト・パンク!」宮下が提案する。「万人受けするし、バンドアレンジも組みやすい」
「アリですね!」有村もすぐ反応した。「でも片寄さんのボーカルってことを考えると──」
「歌えるけど……大反響って感じではないかも」片寄が慎重に言う。
田村が、ふっと考え込んだ後に口を開いた。
「──ひとつだけ、ある。雰囲気もバンドアレンジもいける。ただ……」
「なんの曲だよ?」矢吹が前のめりに聞く。
「SIAの《Chandelier》」
一瞬、空気が止まったような静寂。
「……えっ?」櫻井がきょとんとする。
「洋楽ですよ」有村が補足する。「確かに、お酒がテーマになってる曲ですけど……」
「グラミーで最優秀レコード賞も獲ってたよね」宮下が記憶をたぐる。
「ええ、ただ問題は──」片寄が少し眉をひそめた。
「キーの問題だな」田村が言う。
高木が素早く準備し、再生ボタンを押す。
──SIAの《Chandelier》がスタジオに流れ出す。
高く突き抜ける高音、感情を振り絞るようなトーン。その場にいた全員が、思わず息を呑んだ。
「うわぁ……結衣ちゃん、これ出せる?」櫻井が心配そうに言う。
「無茶ですよ……このキー……」有村も驚きを隠せない。
「別に原キーにこだわる必要はないんじゃない?」宮下が冷静に提案する。
「片寄、地声でどこまで出せる?」矢吹が尋ねる。
「E5よ」片寄が即答する。
「……え、そんなに出るんだ」櫻井が小さく目を見開く。
「この曲は地声でF5で裏声なら最高音はG♭にもなる。E5に合わせてキーをひとつ落とすとして……」田村が真剣に構成を考え始める。
そこで高木が口を挟んだ。
「ちょっと待ってください。無茶は承知の上なんですけど……」
片寄は、彼の言葉の続きを遮るように頷いた。
「わかってる。そういう場所では、“沸かせなきゃ”いけないのよね?」
高木は、力を抜くように肩を落とした。
「……その通りです。しかも、原キーで歌うっていう話題も、広がりやすいと思っていて」
「いやいや、そんな必要ねぇだろ?」田村が声を荒げる。「喉、壊したらどうするんだよ!」
「わかってます。だから、それ以外の方法もちゃんと──」
「大丈夫」片寄が、静かに言った。
一同の視線が、彼女に集まる。
「……そろそろだと思ってたの。私自身、成長出来るか試してみたいと思ってた」
スタジオの空気が、少し変わった。




