第69章「プロへのノート」
田村のMacBookから、静かに音楽が流れ出した。
イントロは、軽快なギターリフ。
ファンキーでありながら、どこか都会的な匂いを含んでいる。
「おっ! いいリフだね!」
宮下がすぐに反応する。
「カッティング、かっこいいじゃん!」
「リズム、流行りの四つ打かと思ってたが…。しっかり強くて、計算されてる……叩きがいがあるぞ」
矢吹も身体を揺らしながら言う。
「この旋律、すっごいおしゃれ!」
櫻井が手を叩く。
「お!ここの小節ブルーノート入ってるじゃん!」
「このベースライン……クロマチックアプローチですね」
有村が目を輝かせる。
「いきなりウッドベース、役に立ちますよ!」
「ちょっとみんな、静かにして」
片寄が指を唇に当てる。
流れているのは、ジャズとロックが溶け合ったようなシティーポップのインスト。
ボーカルパートはまだ入っておらず、代わりにフルートの柔らかな音色がメロディをなぞっていた。
最後の音が余韻を残して消える。
──しん……とした数秒の静寂のあと、
「……おぉ!!」
一斉に拍手が起きた。
「これが、私たちのデビュー曲になるんだね!!」
櫻井が両手を広げて叫ぶ。
「いや、まだプロになってないから」
宮下が即ツッコミを入れる。
「やればできるじゃねぇか」
矢吹が腕を組み、にやりと笑う。
「……田村さん! 最高ですよ!!」
有村が目を潤ませながら言った。
「だろ? 喜んでくれて良かったよ!」
「確かに、いいメロディだった」
片寄が真剣な表情で言う。
「すごくいいと思う!……それで歌詞は?」
「ん? 歌詞? あぁ歌詞な……一応これ……」
田村はポケットから折りたたんだ紙を取り出した。
ごくりと唾を飲んで、読み上げる。
「──
マヨネーズの支配者が俺たちを
体脂肪の奴隷に変えたんだ
カフェインの悪魔と契約し
睡眠とバイバイ………」
「……これ?」
櫻井がフリーズする。
「曲と合ってないっていうか……」
「いや、それ以前の問題ですね」
有村がそっと目を伏せる。
「リーダー、これは俺たちに書いたんだよな? マキシマムザホルモンにじゃなくて?」
宮下が確認する。
「ホルモン舐めんなよ」
矢吹が真顔で言う。
「亮君はこんな駄作書かねぇよ……」
「田村さん、これを私に歌えと?」
片寄が冷静に問いかけた。
「………………ごめん」
「これは……俺たちの曲、まだまだ時間かかりそうだねぇ……」
宮下が苦笑する。
「ったく、すぐ調子に乗りやがって……」
気まずい空気に沈黙が流れたが──
次の瞬間、誰かが吹き出すと、部屋中が笑い声に包まれた。
その中で、ふいに高木が声をあげる。
「ちょっと待ってください!」
みんなの視線が一斉に彼へと向く。
「オリジナル曲を作って、場数を増やして……デビュー曲って……。このバンド、プロを目指してるってことですか?」
「そうなんだよ。まだ言ってなかったね」
田村が頷く。
「高木くんから見てどう? 元プロの音楽プロダクションの意見、聞かせてよ」
高木は少し考え込み、真剣な声で答える。
「……正直に言いますよ。確かに曲は素晴らしい。歌詞はまぁ、いずれ解決するとして……皆さんの技術も、プロで通じるレベルだと思います」
「おぉ! 最高じゃん!!」
田村が目を輝かせた。
「……この曲をレコーディングして、プロダクションに送るつもりですよね?」
「うん、そうだけど?」
「──それではダメです」
「……え?」
メンバー全員が言葉を失う中で、片寄がぽつりと口を開いた。
「無名のバンドが、腕や曲が良いってだけでプロになれるわけじゃない。実績もない。今から武道館やドーム、お客さんで埋められると思う?……高木さん、そういうことよね?」
「はい、その通りです」
高木が頷いた。
「才能を感じればスカウトに行きます。デモテープからプロになる人もいます。ですが──話題になっている人から探すんです」
「なるほどな……」
田村が小さく唸った。
「まだまだ道のりは遠いってわけか」
「ちなみにですが……今、〈レゾナンス〉のSNSのフォロワー数ってどのくらいですか?」
「え? フォロワー? SNSならやってないけど……」
「……え? じゃあ、今までのライブ動画とかは……」
「……撮ってないね……」
「なにしてるんですか!! 本当にプロ目指してるんですか!?」
「ぅう……そ、それがさ……バンドの運営費とか、作曲とか……スタジオの管理とか……色々バタバタしてまして……」
「……はぁ……」
高木は頭を押さえ、そして一度大きく息を吐いた。
「──わかりました」
「え……?」
「このバンドのマネージャー、自分がやります」
「……えぇぇぇぇえええ!?!?」
一同、叫びと同時に総立ちになるのだった──。




