第67章「ふたたび、音の中へ」
練習を終えた〈レゾナンス〉の面々が、ゆるやかにステージを降りてくる。
数曲の演奏を終えた空気には、さっぱりとした達成感と、ほのかな笑顔が漂っていた。
それを少し離れた席から見ていた高木翔が、ぽつりと口を開いた。
「……片寄さん、楽しそうだったね」
「ええ。音の幅が広いバンドなんで、歌ってて楽しいんです」
片寄結衣がにこやかに答える。
「そうだよね……やっぱり、こうじゃなくちゃな」
高木の声には、少しだけ過去を悔いるような、柔らかな自嘲が混ざっていた。
「……いきなり辞退しちゃって、本当にごめんなさい」
「いいんだ、いいんだ。自分も……あの事務所とは縁が切れたし」
「……そうだったんですか」
二人の間にあった見えないわだかまりは、もう、どこにもなかった。
「悪ぃな、店長。昨日からいろいろあってよ」
矢吹がカウンターに声をかける。
「いいよ、いいよ。どうせ今日は休みだしね」
店長は笑ってカップを差し出す。「君たちの一大事なんだろ?」
「ほんとすみません……」
有村康太が、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ほらほら、有村。リーダー来るのにそんな顔すんなよ」
宮下辰馬が肩を軽く叩く。
「そうそう。ほら、笑って〜!」
櫻井由奈がわざとらしく口角を上げて見せる。
「だ、大丈夫ですって……!」
そう言いながら、有村はどこか緊張を隠しきれていなかった。
──そのとき。
ガチャリ、と扉が開く音が響く。
「……お、おぅ。久しぶりだな」
田村奏真が、少しだけ照れたような顔で〈Band-in-Bar〉に足を踏み入れた。
一瞬、場の空気が静まる。
「おー、やっと来たか。お出ましだな、アレンジャー」
矢吹が腕を組んで笑う。
「うるせぇよ……」
田村が軽く睨むと、場が和んだように笑いが漏れる。
「田村さんっ!」
櫻井が手を振って駆け寄ってくる。
「うわ、本当に来たんだ……」
宮下が半分冗談のように呟く。
「……田村さん」
有村が立ち上がり、口を開く。「……お久しぶりです」
「おう……」
田村は視線をそらしながら、それでもどこか安心したような声で返した。
そのやり取りの後ろから、ひとつ声がする。
「……お久しぶりです」
カウンターの端で、高木がゆっくりと立ち上がった。
「……あっ、え?」
「覚えてますか? あの夜、渋谷で……」
「もちろん。高木くん……その節は、ありがとうございました」
田村の声は静かだった。けれど、その目には確かな敬意が宿っていた。
「自分は……あの夜、田村さんと話せて救われた気がしてて。だから、今日こうして会えて、本当に嬉しいです」
「俺の方こそ。あれがなかったら、今ここに来れてなかったと思う」
ふたりは短く、でも深く頷き合った。
「──さて」
宮下がギターを手にしながら、笑い混じりに声をあげる。
「そろそろ始めますか。リーダーのチェック入りで!」
「うわ、緊張する〜」
櫻井がわざと肩をすくめる。
「今日は田村さんが“聴く側”なんでしょ? なら、ちゃんと仕上げないと」
有村が少し冗談っぽく言う。
「お前が言うなよ」
田村が笑って返す。
レゾナンスのメンバーたちは、それぞれ楽器へと向かっていく。
田村はソファに腰を下ろし、目を閉じて深く息を吸った。
──“どう鳴ってるか”、
そして、“何が足りないか”。
そのすべてを、聴きとるために。
ふたたび、音の中へ。
メンバーたちの演奏が始まり、田村の耳が、再び音の海に沈んでいく。
その音は、いつものレゾナンスの音だった。




