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第6章「音の傷痕」

 高円寺の駅を出てすぐ、曇り空の下、田村奏真と有村康太はライブハウス〈HANGAR〉へ向かって歩いていた。


 雑居ビルと古びた看板の間を縫うように路地を進む。

 音楽の話もしていたはずなのに、足取りは妙に慎重だった。


 「……本当に直接行くんですね、矢吹のとこ」


 「うん。ネットで噂読んでも、音は聴こえないからな」


 田村の口調には、いつも通りの冷静さがあったが、瞳の奥には探るような熱が宿っていた。


 


 そして、角を曲がったとき──


 道の向こうから歩いてくる三人組に、有村の目が留まる。


 一人は右腕にギプスを巻き、一人は頬に絆創膏。もう一人はサングラスをかけ、フードを目深にかぶっていた。

 歩き方が、どこかぎこちない。


 


 「……あれ」


 有村が足を止める。


 「たぶん、あの人たち──HANGARで矢吹にやられた連中だ」


 


 すれ違いざま、ギプスの青年と目が合った。


 「おい、お前ら……バンドマンか?」


 田村が一瞬警戒した表情を見せるが、有村が落ち着いた声で答える。


 「はい。矢吹って人を……探してて」


 その一言で、青年たちの顔色が変わる。


 


 「……やめとけ、って言いたいとこだけどさ」


 男は肩をすくめ、ゆっくりと足を止めた。


 「お前らが“本気”で音楽やってんなら、会ってみてもいいかもな」


 


 もう一人の、頬に傷のある男が続けた。


 「慎二は、マジで“合わせる”気なんてない。

 こっちがどれだけ必死でクリック合わせてても、

 “違う”と思ったら無言でシンバル折るようなやつだ」


 


 「ライブ中に一人だけ倍テンポに突っ込んでさ。

 そのまま俺ら全員置いてきぼりで、最後まで叩き切りやがった。

 ……めちゃくちゃだったけど、フロアは湧いてたよ。

 みんな、慎二だけ見てた」


 


 田村が、黙ってその言葉を飲み込む。


 有村が小さく口を開いた。


 「それでも……そのドラム、聴いてみたいと思ったんです。

 俺たちの曲に、何か起こるんじゃないかって」


 


 男たちは顔を見合わせる。

 そして最後に、ギプスの青年が少し笑って言った。


 「じゃあ、せいぜい“潰されないように”な」


 「慎二のリズムは、“自分のテンポ”持ってねぇと死ぬぞ。

 ……音の中で、誰が中心かって話になるからな」


 


 会話はそれで終わった。


 田村と有村は、再び歩き出す。


 〈HANGAR〉まで、あと3ブロック。


 だが、その3ブロックが妙に遠く感じた。


 


 「……有村。お前は怖いか?」


 「正直、ちょっとビビってます。

 でも、“本物”のリズムってやつ、聴いたらきっと後戻りできなくなりますよね」


 


 曇天の下、ふたりの靴音がコンクリートを叩いた。


 その先に、“リズムの暴力”が待っているとも知らずに。

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