第59章「崩れる輪郭」
都内のライブハウス〈Strobe Light〉。
数日前に出演したばかりのステージに、〈レゾナンス〉のメンバーが再び顔をそろえていた。──ただし、今回も田村奏真の姿はない。
「……またかよ」矢吹がつぶやく。
「やれやれ、どうしたもんかね」宮下が肩をすくめる。
「どうしよ……急いで曲決めないと」櫻井が焦った様子で言う。
「この前と同じ曲でいこう」片寄が冷静に提案する。「多分初めましてのお客さんだし、新しい曲を無理にやるより、前の曲の完成度を上げた方がいい」
「おっけー、やりますか」宮下が立ち上がる。
「おい、有村、行くぞ?」矢吹が声をかける。
「………はい」
有村は短く返事をしただけで、どこか気持ちがこもっていなかった。
──ライブは、成功した。
観客の数こそ多くはなかったが、演奏のクオリティは確かに前回より上がっていた。
SNSに投稿された動画には、少しずつコメントやリアクションが増えはじめていた。
〈レゾナンス〉──その名前が、東京の片隅で静かに広がりつつあった。
その夜。
田村からメッセージが届く。
「できたよー!」
──数時間後、田村のアパート。
狭い部屋にメンバーたちが集まっていた。
モニターの前に座る田村が、気まずそうに振り向く。
「悪いなぁ。とりあえず……聞いてくれ」
スピーカーから流れ出すのは、デモ音源だった。
確かに田村らしい、温かみのあるコード感と浮遊するようなリズム。でも──
「うん、悪くはねぇが……」矢吹が言葉を選ぶように唸る。
「……これで完成?」宮下が確認するように聞く。
「いやさぁ、パソコンが限界で……」田村が言いかけたそのとき──
「いい加減にしてください」
有村が、低く鋭い声で遮った。
空気が、凍る。
「……なんですか、これ?」
「え?」田村が戸惑う。
「ダメとかそういう話じゃないんですよ。全然処理がなってない。音並べて、それで終わりって……こんなの多少のスキルがあれば誰でもできますよ」
「……いや、わかってるけどさ。輪郭だけ作ったから、あとは自由にしてくれたら──」
「田村さん」
有村がかぶせるように言った。
「バンド組めたらそれで満足なんですか?」
「……なに?」
片寄は黙って、じっと二人のやりとりを見守っていた。
「もうやりたいことやったから、あとはご自由にって……無責任すぎませんか?」
「いろいろ忙しくてさ。仕方なかったんだよ。別に無責任になったつもりは──」
「仕方ない?」
有村の声が荒ぶる。
「忙しさを言い訳にして、全部投げやりになってるだけですよ。ライブのセッティングから、作曲から……どれもこれも中途半端で」
「うるせぇな!!」
田村が、声を荒げて立ち上がる。
再び、沈黙。
「……俺はお前らのマネージャーじゃねぇんだよ!!」
「……そうですね」
有村は静かに言うと、そのまま部屋を出て行った。
「おい、田村。1回、頭冷やせ」
矢吹が田村を睨みつけると、すぐに宮下と一緒に後を追った。
残されたのは、櫻井と片寄。
「田村さん、大丈夫?」櫻井が心配そうに声をかける。
「……もういいよ。お前らも帰れよ」
田村はそれだけ言って、椅子に深く沈み込んだ。
片寄は静かに立ち上がる。
「行こう、由奈」
「でも──」
「……今は無理よ」
片寄は櫻井の手を取り、強引にドアの外へ引っ張り出した。
部屋には、田村の浅い呼吸と、冷えた空気だけが残っていた。
──リーダーの輪郭は、音とともに崩れ始めていた。




