第58章「届かないリーダー」
都内のライブハウス〈Strobe Light〉。
キャパシティは三十人ほど、小さな箱ながらも音響は悪くない。レゾナンスの面々は、楽器を抱えてステージ脇に立っていた。
「……田村さん、ほんとに来ないんですかね」有村が不安そうに言う。
「さあな」矢吹が肩をすくめる。「場所と時間だけ送ってくるなんてよ。」
「うーん……らしくないなあ、あの人がステージすっぽかすなんて」宮下がギターケースを床に下ろしながら呟いた。
「今日、どうする?」櫻井が言葉を探すように問いかける。
片寄が少し考えてから言う。
「時間がない。有名な曲で合わせるしかないね」
「だなー。とりあえず裏で軽く合わせてくか」宮下が立ち上がる。
──控室。
音出しの余裕もなく、レゾナンスは急ごしらえのセットリストをまとめた。
選んだのは、あいみょんの《君はロックを聴かない》、そしてZONEの《secret base 〜君がくれたもの〜》。誰もが一度は耳にしたことのある曲だった。
片寄が軽く息を吐く。
「……間に合いそうね」
「もうちょい詰めとくか?」矢吹がドラムスティックを回す。
「いや、大丈夫でしょ。練習量的には足りてるよ」宮下がギターを確認しながら言った。
「……櫻井は?」
「うん、いけるよ。問題ない……」櫻井は頷いたあと、ふと横を見る。「……有村くん?」
有村は虚ろな表情で床を見ていた。声をかけられ、ようやく顔を上げる。
「え? あぁ……大丈夫ですよ。行きましょう」
その言葉に違和感を覚えつつも、皆はステージへと向かった。
──本番。
会場の入りはまばらだった。30人キャパに、観客は15人ほど。
もともと予定されていたバンド目当ての客は、急なキャンセルと知って足を運ばなかったらしい。
だが、始まれば音が全てだった。
《君はロックを聴かない》が始まると、静かに聴いていた客の反応が変わる。
「……え? このバンド、うまくね?」
ひとりがスマホを取り出して録画を始め、それが他の観客にも波及していく。
続いて披露された《secret base 〜君がくれたもの〜》では、澄んだ旋律を描き出し、会場は温かな拍手に包まれた。
「……ありがとう!」片寄がマイクに向かって叫ぶ。「レゾナンスでした!」
ステージに、拍手がしっかりと届いた。
楽屋へ戻ろうとしたその時、ライブハウスの支配人が駆け寄ってきた。
「君たち、すごいね! まさか、今日初めて合わせた曲とは思えない! ぜひまた出演してよ!」
「ありがとうございます! ぜひお願いします!」有村が深く頭を下げた。
──場面は変わり、田村のアパート。
「……はあ、思ったより早く終わったな」
夜の街を抜けて帰ってきた田村は、カップ麺を片手にパソコンの前へ座った。
「あいつら、うまくやってるかな……」
画面を開き、音楽制作ソフトを立ち上げる。
「まあ、あっちは任せて……急いで曲、作んなきゃ……」
作業は思ったよりも進んでいた。
「……よし。構成はオッケー。あとは細かいところを……」
そのときだった。
パソコンの画面が突然フリーズした。
「……は?」
クリックを連打するも、反応なし。数秒後、ソフトが強制終了する。
「やべ……とうとう来たか……」
パソコンのファンが唸りを上げる。田村のPCは、数年前の型で、負荷にはもう耐えられそうになかった。
「……あぁ、もう……」
椅子の背にもたれ、顔を覆う。
「イライラする……もういいよ……」
うつむいたまま、ぽつりとつぶやく。
「……だいたい出来てるし……あとは、アイツらが……勝手にアレンジするだろ……」
──リーダーのいないまま鳴った音は、それでも届いていた。
だが、そのビートは、まだ田村には届いていなかった。




