第53章「調子、どう?」
カラオケバンド店〈Band-in-Bar〉は、今日も静かに盛況だった。
有村のベースが響き、矢吹のドラムが支え、宮下のギターが空間を彩る。ステージの上で演奏されるのはリクエストに応じたカバー曲。だが、その演奏力の高さは、ただの“余興”に収まらない本気の音だった。
「いやぁ……二人とも、めちゃくちゃ上手くなってなぁい?」
カウンターの中で手を叩きながら、店長が目を丸くする。
「矢吹くんもなんか、レベル上げまくってるじゃん! みんな、前とは別人だよ!」
「……もう“君でもいい”なんて言ったよな?」
矢吹がふてぶてしく店長を見る。
「え、いや? そんなこと……言ったかなぁ? あはは、、」
店長は苦笑いしながら視線を逸らした。
「まぁ、矢吹が人に合わせるなんて、誰も思ってなかったもんなぁ」
宮下がニヤリと笑う。「一体、何があったのか?」
「ふん。お前らとは才能が違ぇんだよ」
矢吹がそっぽを向く。
「宮下さんこそ、何やったらそんな自信に満ちたプレーできるようになったんです? ずっと“めんどくせぇ”って顔だったのに」
有村が不思議そうに尋ねる。
「うん? なんか変わったか? まぁ、有村や矢吹にはわからないよね?」
宮下は肩をすくめ、意味深な笑みを浮かべる。
「おい有村、こいつ調子に乗らせんな。めんどくせぇ人間なんだから」
矢吹がため息混じりに言う。
「ほぅ? 君の方はずいぶん大人しくなっちゃって。暴走族の総長みたいなドラム、俺は好きだったけど? 更生しちゃった?」
宮下が挑発的に返す。
「まぁまぁ、二人とも……」
有村が間に入ろうとするが、
「……まぁ、一番調子に乗ってんのはお前だけどな。有村。ずいぶん前に出てくるようになったじゃねぇか」
矢吹が笑いながら指をさす。
「支えるベースが自分の武器だって言ってたクセにねぇ。有村くんはやんちゃになっちゃったのかな?」
宮下も楽しげに乗っかる。
「いいじゃないですか! “歌うベース”! かっこいいでしょ?!」
有村が胸を張ると、
「アハハ、ずいぶん仲も良くなって!」
店長が爆笑した。「これならバンドも上手くいってるでしょ?」
「まぁ、バンドは順調なんですけど……」
ふと、矢吹が呟く。「田村は、作曲ちゃんとやってんのか?」
「昨日ちょろっと聞いたけど……しばらく無理だねぇ、リーダー焦りまくって何からやればいいんだぁって…」
宮下が肩をすくめた。
「オリジナルのクオリティは年々上がってきてるしねぇ」
店長がカウンターを拭きながら言う。「そういえば橘くん、覚えてる? なんか、バンド募集し始めたみたいよ」
「橘って……うちがここでオーディションやらしてもらった時に来てくれた人ですよね?」
有村が顔を上げる。
「あぁ。片寄と決勝で張り合ったやつな」
矢吹がうなずく。
「それと美月ちゃんね。三人とも怪物だよ」
宮下が苦笑した。
「うかうかしてらんないよー。最近はSNSでもスカウトマンが目を凝らして見てるからね。TikTok系の曲作る子とか、すぐに声かかるらしいよ」
「TikTokかぁ……僕らの音楽でバズらせられるかなぁ……」
有村が遠くを見ながら呟く。
「わざわざ苦手な分野で勝負する必要ねぇだろ?」
矢吹の言葉はぶっきらぼうだが、芯があった。
「確かに。うちは昔ながらの王道でいいと思うよ」
宮下が同意する。
──その時。
チリン、と鈴が鳴る。
「いらっしゃいませー!」
店長の声が店内に響いた。
振り返ると、そこには──
見慣れない、けれどどこか温かい雰囲気の──
老人夫婦が、四組。
一瞬、空気が止まった。




