第52章「深さと雑さと現実と」
田村奏真は、カーテンを閉めた部屋でひとり、パソコンの前に座っていた。
机の上にはコーヒーとノート、スピーカーからは微かに音が流れている。
「よし……まずはメロディからいくか」
スマホを開き、YouTubeで検索する。
「日本のメロディといえば、やっぱ……米津玄師、だな」
選んだのは「LADY」。
あのコーヒーのCM曲だ。
再生と同時に、柔らかく浮遊する旋律が部屋を包む。
「この曲、上がったり下がったりを繰り返してて……人生と重ねてるのかな。コーヒーのCMだし、余韻の残し方がエグいな」
サビが来る。3連符のリズムがふわっと空間を揺らす。
「……めちゃくちゃ気持ちいいな、……って、こんなん歌えんのか?」
苦笑しながら首を傾げる。けれどすぐに思い直す。
「……いや、片寄ならやれるか」
「次、コードだな。最近のJ-POPで面白いコード……」
また検索。選んだのは、星野源「不思議」。
冒頭から不思議なコード感が耳をとらえる。
「うわ……この展開……コードだけで“タイトル”を説明してるみたい」
耳で追いながら、頭の中は完全に“数学モード”。
「因数分解してるみたいだな。裏コードも多い……転調に次ぐ転調……」
櫻井の顔が脳裏に浮かぶ。
──たぶん、燃えるだろうな。「やってやります」って顔で。
宮下なら──「めんどくせぇ……」とか言いながらも、ちゃんと弾くんだろう。
「次は……リズムだ」
ふと浮かんだ曲を再生する。
Official髭男dismの「Same Blue」。
5拍子と6拍子が交差する、変拍子の曲だ。
「うわ、これ手拍子合わせられんだろ……お客さん困るって、絶対……」
そして有村と矢吹の顔が思い浮かぶ。
──「ここ、僕の番なんで」
──「いや俺の番だろ、どけ」
……喧嘩する姿が目に浮かんで、笑いが漏れた。
「最近のJ-POPってどんどん複雑になってきてるなぁ……」
でも同時に、若い子たちは昔のシンプルな曲も好んで聴いている。
音楽って、懐が深い。
「……やっぱ面白いわ、音楽」
田村はパソコンに向かって、メロディラインを打ち込む。
コードをのせ、ベースを重ね、ドラムを入れる。
でも──
「……うーん……なんかどんどんマニアック向けになってくな……」
トラックを再生して、首を傾げる。
「ダメだ……やっぱ作曲って深いや……」
ふと手を止め、ぽつりとつぶやいた。
「……そうだ、歌詞からいこう。BUMP OF CHICKENとかRADWIMPSみたいな……すごいやつ!」
気合いを入れてノートを開く。ペンを構える。
──……
「……えーと…………」
沈黙。
まったく、なにも、出てこない。
「……あ、そっか。自分の中からしか出てこないんだよな、歌詞って」
田村は自分に言い聞かせるようにうなずき、ノートの端に書き始めた。
《タイトル案》
・マヨネーズLove
・コーヒーは甘党
「……うわ、センスねぇ……」
頭を抱えて机に突っ伏す。
──ピロン。
スマホのリマインダーが鳴った。
「……って、そうだよ、やること山積みだったんだ」
作業用スタジオの確保、ライブのオファー確認、機材費の予算計算……。
「やっべ……やることだらけだ……」
時計はもう夜を指していた。
田村は背伸びをして、パソコンの画面を閉じる。
「ま、でも……焦んなくていいか。まだ、始まったばっかだしな」
その声は、さっきより少しだけ軽やかだった。




