第51章「東京モーニング」
薄いカーテン越しに、東京の朝日が差し込んでくる。
「……はぁ、やっと帰ってきたな」
田村奏真は、自室の扉を開けた。半年ぶりの我が家は、思った以上にほこりっぽい。
「とりあえず、掃除だな……」
掃除機をかけ、積もった埃を払いながら、部屋の隅に積み上げられた段ボールを開けていく。
中から、使わなくなったインターフェース、壊れたスピーカー、古い譜面、そして──一冊の分厚い本が出てきた。
『音楽理論の基礎』
「うわ……これ、途中で挫折したやつじゃん」
ダイアトニックコード、セカンダリードミナント、サブドミナントマイナー……
ページに書かれた専門用語を眺めながら、田村は昔の自分を思い出していた。
──当時は、ただ音を感覚で並べるだけだった。
でも今なら、あの頃より少しだけ意味がわかる気がする。
「俺も……成長したのかもな」
一方その頃──
矢吹慎二はバイクのエンジン音を響かせながら、都内を駆け抜けていた。
向かう先は、宮下辰馬と有村康太のバイト先。
ドアを開けると──そこには、店の真ん中で泣き崩れる店長の姿があった。
「……なにやってんだ…」
矢吹が眉をひそめて声をかけると、店長は顔を上げた。
「あぁ……君は矢吹くん……だったよね? もう誰でもいい! 頼むから、うちに入ってくれ!」
「は?」
そのとき、奥から有村と宮下が現れた。
「店長、久しぶりです……って、どうしたんですか?」
「君たちが滋賀に行ってから、うちの評判はガタ落ちでな……みんなバイト辞めちまって、今はもう、俺ひとりなんだよ……」
「そんな……」と有村は絶句したあと、きっぱりと言った。
「わかりました! これから3人で盛り上げます。任せてください!」
矢吹は肩をすくめながら、
「じゃあ、ついでに櫻井も呼ぶか?」
だが、宮下が首を振る。
「いや、櫻井なら──片寄と一緒に、ジャズバーでバイト始めたみたいだぞ」
さらに別の場所──
櫻井由奈は、ジャズバー〈Arco〉のグランドピアノの前に座っていた。
「結衣ちゃん、ここが私のバイト先!」
「へぇ……いい雰囲気だね。落ち着く」
バーの奥から、派手なメイクにスーツ姿の“ママ”が登場する。
「由奈、おかえり。楽しかった?」
「うん! めちゃくちゃ楽しかったよ!」
ママは、心は女性、体は男性。
どっしりとした安心感のある、懐の深い人だ。
「片寄結衣です。お世話になります。よろしくお願いします」
片寄が丁寧に頭を下げると、ママはニヤリと笑った。
「可愛い子見つけたじゃない、由奈。うちはジャズバーだけど、JAZZわかる?」
「有名な曲なら何度か歌ってます」
「大丈夫!」と櫻井が自信たっぷりに言う。
「これから私が教えるから!」
「頼もしくなったじゃない、由奈。……結衣、よろしくね」
二人は、ピアノとカウンターの間を行き来しながら働く。
片寄は時折、櫻井の演奏に耳を傾けていた。
夕方──
田村は、掃除を終えた部屋の机に向かっていた。
パソコンとノート。スマホには、午前中にかけたライブスタジオの連絡履歴。
──「カバーでもいいんだけど、最近はオリジナルで勝負してるバンドが多いんだよね。お客さんもそれを楽しみに来てるからさ」
断られた。はっきりと。
「……やっぱ作るしかないよな」
田村はペンを取り、ノートに書き始める。
—
《レゾナンスの新曲》
・主役が“5人”でも“1人”でも成立する構造
・バンド全体で“歌を運ぶ”アレンジ
・シンプルだけど耳に残るコード進行
──音楽の三大要素:リズム、コード、メロディ。
スマホで最近のヒット曲を調べる。
構成、展開、リズム、コード。
サビにどんな仕掛けがあるか、どこで聴く人を引き込むのか。
「……まずは、研究といきますか」
その声はどこか静かで、でも火のついたような熱を帯びていた。




